トリチウムを含んだ水は、世界の多くの原子力発電所から海に流されています。一般的にトリチウムの健康への影響はなく、それは福島第1原子力発電所から放出予定の処理水も変わりません。国際原子力機関(IAEA)の報告書は、科学的な立場から処理水放出の安全性を確認しています。
福島原発の処理水に含まれるトリチウムの量は年間22兆ベクレル未満と、事故前に海に放出していた量と比べると10倍程度になります。しかし各国で正常に稼働する原発と比べて、突出して量が多いわけではありません。各国は個別に規制基準を設け、トリチウムを含む水を希釈して海に放出したり、蒸発させて大気に排出したりしています。
トリチウムは、三重水素とも呼ばれる放射性物質で、水素の一種です。宇宙から飛んでくる放射線などにより自然界でも作られています。大気中の水蒸気や雨水、海水、水道水にもわずかに含まれています。大量に摂取しない限り人体への影響はまずないとされています。水の中では、水分子(H2O)の2個の水素原子のうち1個が、トリチウムに置き換わったトリチウム水として存在します。
トリチウムを含む水は、濃度を基準値以下に薄めて海に放出することが国際的に認められています。東電は処理水をさらに大量の海水で薄め、トリチウムの濃度を国の安全基準の40分の1未満に下げて海に放出する計画です。世界中の多くの原子力施設からも海に放出されており、施設周辺からトリチウムが原因とされる影響は報告されていません。
しかし、科学だけで、不安に思う国や人々を納得させるのは困難です。未曽有の事故を起こした原発だからこそ、他の原発よりもきめ細かい情報発信や意思疎通は、理解を得るのに必要なステップです。EUが原発事故後に設けた日本産食品の輸入規制を完全撤廃する方針を決めたのは、日本側の説得の努力もありました。国内外の懸念を和らげるために、科学に基づいた丁寧な説明を続ける必要があります。
(2023年7月5日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)