体内に外から遺伝子を送り込んで難病やがんを治す遺伝子治療が、米欧で急速に実用化されています。治療法がない病気の克服につながると期待されていますが、日本は独自の開発や治験が進んでいません。遺伝性疾患の患者は、遺伝子の塩基配列に異常があり、特定のたんぱく質が正常に作られなくなって、体の機能に様々な影響が出ます。遺伝子治療は、患者の細胞内に正常な遺伝子を送り込んで追加し、治療効果を得ようとする医療技術です。
わが国は、2013年度から10年間で1,100億円の予算を再生医療に投入し、遺伝子治療の研究はさらに先細りになっています。また、米欧で薬が承認されても、日本で治験が行われなければ国内で使えません。治験の件数も伸びず、国内の承認数は9品目で、うち国内初は2品目にとどまっています。米国では、数年前から新しい遺伝子治療薬が次々と実用化されています。承認された薬は15種類以上に上り、これまで治療が難しかった希少疾患に対する治験も進んでいます。政府は、iPS偏重が指摘された予算配分の割合を見直し、今秋にも再生医療と遺伝子治療の研究を一体的に推進する中核拠点を設置する方針です。
遺伝子治療が再び注目されたのは、遺伝子を体内へ安全に送り込む運び役として、病原性のないアデノ随伴ウイルスを使う手法の開発によります。患者から取り出した細胞に、正常な遺伝子を組み込んだウイルスを感染させるなどして患者に戻す体外法のほかに、患者の体内に直接投与する体内法もあります。
米欧では、狙った遺伝子を効率良く改変できるゲノム編集技術を応用した医療も、実現が迫っています。ゲノム編集は、遺伝子の配列をはさみのように切り取る酵素を使い、簡単に配列の削除や入れ替えができます。高効率で簡単に改変できるクリスパー・キャス9という技術が報告された2012年以降、研究が活発化しています。
遺伝子治療は、治験で狙い通りの効果が得られないことが多いなど技術的な課題も残っています。患者数が少なく、薬価が高額になる点も問題で、日本でも承認されたゾルゲンスマは1億6,707万円、米国で承認されたエレビディスやヘムジェニックスは4億円超です。ただ、遺伝性疾患は5,000種類以上あり、治療可能な患者が増えれば、より安価な提供につながることが期待されています。
(2023年7月12日 読売新聞)
(吉村 やすのり)