働く人の健康を守るために、罰則付きで残業時間に上限を設けることなどを定めた働き方改革関連法が、2019年4月に施行されました。全ての労働者は、原則年360時間と決まっています。一般の職種は年720時間までとなっています。しかし、人手の確保が厳しい建設業や自動車の運転手などとともに、医師も2024年3月まで5年間適用が猶予されました。
患者に悪い影響が出ないように診療の態勢を整えるには、時間がかかることが予想され、時間外労働の上限も別途設けられました。対象となるのは病院などで働く勤務医です。事業主である開業医は含まれません。勤務医の時間外労働の上限は、休日労働を含めて年960時間が原則となっています。大学病院の勤務医は別の病院に派遣されて働くこともあり、その場合は派遣先の病院での時間外労働も加えられます。
勤務医は日中の診療だけでなく、病院に泊まって夜間や早朝の診療にあたる当直勤務もあります。連続して働くのは28時間までとし、終業時刻から次の始業時刻までの間隔は、基本的に最低9時間空けることが求められています。厚生労働省の2019年の調査では、勤務医の37.8%は、時間外・休日労働時間が年960時間を超えていました。医師は他の職種と比べてかなり労働時間が長くなっています。
来年4月から始まる医師の働き方改革によって、地域の医療に影響が出てきています。時間外労働は大学病院だけでなく、派遣先の分も加えて年960時間に規制されます。高度な医療を担う大学病院は、自らの機能を維持するため、医師の数を増やして1人あたりの労働時間を減らそうとしています。時間外労働の削減と要員確保の両面から、医師派遣の中止や削減につながっています。大学病院は、診察だけでなく研究や教育の機能もあわせ持つため、長時間労働になりがちです。特に産科や外科、救急科など、元々人手が足りない診療科ほど影響が出やすくなっています。
地域医療の崩壊を招かないように、厚生労働省は激変緩和策を用意しています。一定の要件を満たした病院の医師は、時間外労働の上限を年960時間から年1,860時間に拡大する特例を認めています。現実的に対応しやすい水準にして、医療現場の混乱を防ぐことを狙っています。派遣を受ける病院側に対しては、医師が当直で夜間や休日に病院内で待機しているだけなら、例外的に労働時間に算入しない宿日直を労働基準監督署に許可申請するよう促しています。派遣先での時間外労働を抑えることで、大学病院が医師を派遣しやすくなることを期待しています。
厚生労働省は、医師の働き方改革とともに、地域の医療機能の集約化、医師の偏在対策を、三位一体で取り組みたいと考えています。影響を緩和するには、勤務医の処遇を改善して担い手を増やし、デジタル技術の導入を進めて負担を減らすしかありません。国民は社会問題と捉え、一人ひとりが受診の仕方を見直す必要もあります。今地域で医療機能の集約を進めないと、今後の医療の継続性は担保されなくなるでしょう。
(2023年7月16日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)