一次的セーフティーネットとしての雇用

2023年の労働力調査によれば、就業者約6,747万人のうち、雇用されている者は約6,067万人と9割に及んでいます。雇用は、労働者の経済的生活を安定化させ、社会資源の分配を果たしています。同時に能力や技能を発揮して対価を受けることで、労働者が保護の客体ではなく主体的に自己を確立し、自尊心や存在意義を確認する場や、成長の機会や人とのつながり、居場所を提供し、孤立・孤独を防ぐ効果も有しています。
実際に安定した生活基盤を提供する1次的セーフティーネットとして機能しているのは、雇用だと思われます。社会にとっては、税や社会保険などのより大きなセーフティーネットを担う基盤ともなっています。現役世代のセーフティーネットを再考するにあたっては、いかに良質な雇用を確保するかが最重要課題の一つです。
日本型雇用慣行における労働者の標準モデルは、自分自身や家族のケア責任を負わず、仕事に無制限に時間と労力を割ける無限定正社員でした。こうした価値観は、健康障害や格差の固定と増大、多様性の阻害といった弊害をもたらしてきました。仕事優先の無限定な働き方が求められる労働者には、そのしわ寄せは家族に及びます。ケア責任を引き受けるパートナー側の職業生活に制限がかかります。性別役割分業の実態もあり、この影響は女性に大きく出ます。
女性の労働力率が出産・育児期に落ち込む、いわゆるM字カーブは改善傾向とは言え、出産離職率はいまだに約3割に及んでいます。また女性が正規雇用で働く割合は、20代後半の約60%がピークで、年齢上昇につれて低下するL字を描きます。女性労働者の過半数は非正規で働いています。日本では男性の有償労働時間が突出して長く、世界最長です。その裏返しとして、家事・育児などの無償労働時間は最短で、男女格差は5.5倍に達しています。OECD加盟諸国の男女格差は、ほとんど2倍未満です。
生涯未婚率が高まり単身世帯も増える中、様々な事情で働き方に制約のある全ての人に雇用機会を保障するには、正社員も含めた働き方の見直しが必須です。まずは時間外労働を前提とせず、契約で決めた労働時間を守って、十分な生活時間と処遇を確保することです。自分のケアを他人に任せず仕事と両立でき、共働きやシングルで子育てをしながら、持続可能な働き方に転換するには、日々の労働時間の予測、コントロール可能性こそが必要になります。
労働者の意思を反映した労働条件の決定・変更も課題です。現在の社会状況に即して基準を見直し、根本的には変更を望まない労働者の選択が尊重されるべきです。評価の仕組みを見直すことが格差是正の手掛かりとなります。過重労働や性別役割分業に依存せず、自律的選択を尊重する雇用のあり方が望まれます。

(2023年10月19日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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