着床前遺伝学的検査(PGT)においては、体外受精した受精卵から一部の組織を採取し、遺伝性の病気の有無を調べます。重い遺伝性の病気の子どもが生まれる可能性がある場合が対象となり、病気がないと判断された受精卵を子宮に戻します。病気や障害がある人の排除につながりかねないとの懸念から、実施を求める医療機関申請を受けた日本産科婦人科学会が個別に審査してきました。
実施には法的拘束力はありませんが、学会が1998年に作成したルールを基に運用されてきています。2004年に第1例が承認され、2006年に出産例が報告されています。以前は成人までに死亡する恐れのある病気などに限定していましたが、学会は、小児科などの関連学会、生命倫理の専門家らによる倫理審議会で議論を重ね、2022年1月に命に関わらなかったり、成人後に発症したりする場合でも、条件に合えば承認することにしています。
見解の変更後、8月に実施を認めるかを個別に審査した2023年の結果を公表しています。1年間に72例が審査され、このうち58例の実施が認められ、不承認が3例、審査継続中・取り下げが11例でした。審査件数は以前の3倍となり、申請も増えています。
遺伝性の病気は7,000以上とされています。PGTは以前より欧米など多くの国で行われています。英国では1,700種類以上の病気が認められ、日本ではまだ認められていない遺伝性乳がん卵巣がん症候群や、家族性大腸腺腫症なども含まれています。生殖医療について、海外ではフランスや韓国など公的ルールや規制がある国は多く、特に英国では、1990年に制定した法律に基づき英国が設立した公的機関で、監督や認可を担い、PGTの実施の可否も判断しています。
わが国においては、妊婦の血液から胎児にダウン症などの病気があるかを調べる新型出生前検査(NIPT)のような生命倫理に関わる生殖医療の運用は、医学会の自主的なルールに委ねられてきました。学会は2022年に、国に公的な審議機関の設置を求めています。PGTやNIPTなどが自由診療で行われ規制が難しいことや、学会に属さない医療機関には規定したルールが及ばない問題も指摘されているためです。
NIPTに関しては、国が専門委員会を設け、小児科や遺伝、倫理や社会学の専門家らによる議論を学会のルール作成や施設認定の運営に反映させています。生殖医療に関する様々な課題は医療的な側面だけではなく、社会的、倫理的な面からの議論も求められます。それぞれの課題で合意形成を図る必要があり、国はこれらを一体的に検討する会議体を作る必要があると思われます。
(2024年11月6日 読売新聞)
(吉村 やすのり)