所得制限のない無償化政策は、低所得世帯以外の子どもにも進学機会の拡大をもたらすでしょうか。既に子どもを私立に通わせる余裕のある世帯にとって選択肢拡大につながらないのは明らかです。また、無償化は高校入学枠のない完全中高一貫校にも適用されることに注意が必要です。そうした難関校に進学を希望する中学生にとって、高校入学枠がなければそもそも選択肢に入りません。無償化の目的が教育機会拡大なら、高校受験段階の機会拡大に寄与しない私立完全中高一貫校は、無償化の対象から外すべきです。
子どもに中学受験させられる家庭は相対的に富裕層と思われます。所得制限撤廃は、そのような層への補助金としても作用します。無償化で浮いたお金は学習塾などに回り、中学受験がいっそう過熱する可能性が高くなります。勿論、高校授業料が無くなれば、私立中学受験を検討する中間層も増えます。しかし受験はより狭き門になりますし、余裕が生じた高所得世帯はより早く、多くの学校外教育支出を行うことになり、中間層との差は容易には縮まりません。
所得制限のない無償化政策で教育の質は向上するのでしょうか。理論上、学校間競争が教育の質を高めるには全ての学校に質向上の余地が公平に存在し、選ぶ側が学校の質を合理的に判断できることが必要となります。地域差はありますが、私立に比べて公立は教員採用・設備投資・入試方法の決定などで自由度が低くなっています。公立は切磋琢磨の余地が小さくなっています。大阪府の私立高校専願率は、無償化開始の2024年度以降激増し、半数近い公立高校が定員割れしています。
入試に必要な科目数は入学偏差値と強い正の相関があり、学力が低い子どもほど受験科目が少ない高校を選ぶ傾向にあります。科目数が3科目だった年より5科目だった年の方が大学進学率などは高かったとする研究もあります。低学力層の理科・社会への学習意欲はさらに低下することになります。私立受験機会の拡大が学力格差を広げ、将来の選択肢を狭めることになってしまいます。
私立は入試科目削減などで、目先の負担を避けたい生徒を引きつけることができます。また私立は複数受験や専願優遇が可能で、公立に不合格だった際の有償セーフティーネットの役割を果たしてきています。しかし、多額の税金を投入する以上、無償化する私立高校は公立と同等の入試実施を条件とするなど、公的目的のための自由の制限が不可欠です。同時に公立の自由度を高め質向上のインセンティブを与える必要もあります。
無償化は心地良い響きがありますが、それだけで教育の機会拡大が進んだり、質が上がったりするわけではありません。私立と公立への規制と自由のバランス、入試制度のあり方を根本から見直す必要があります。無条件の私立無償化の推進は、不公平な条件下での無益な競争をもたらし、うわべだけの魅力で生徒を引き付ける質の悪い高校を残すことにもなりかねません。

(2025年3月6日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)