わが国における起業活動の現状は、戦後から高度経済成長期にかけて10%を超える高い開業率の水準でした。以降、徐々に低下し、1990年代初期のバブル経済崩壊からは5%前後で推移しています。グローバル・アントレプレナーシップ・モニターの調査によれば、日本の起業活動の水準は米国、英国といった諸外国とは大きく差をつけられ、下位に甘んじています。この違いは、日本人に起業スピリットが無いことではなく、その国特有の制度や政策など、環境が影響すると考えられます。
起業コストが高い国では、そうでない国と比べて起業が生まれにくくなります。起業の意思決定は、雇用制度、知的財産権など、国で定められている制度の影響を受けます。労働市場が硬直的な国においては、起業活動が停滞する傾向にあります。また、起業家を選択するより、被雇用者であるほうが期待所得が高くリスクが小さい場合は、わざわざ起業するインセンティブを持ちにくくなります。
日本における起業活動のための環境に関して、税金や規制を含めた政府による公的政策の評価は、韓国、米国などよりも低いものの、OECD加盟国平均と同水準にあります。一方、日本においては起業に対する文化・社会的規範に基づく評価は、国際的にみて非常に低くなっています。この傾向は、同調査開始以来、20年以上にわたって変化していません。フォーマルな制度と違って、起業に関する文化・社会的規範といった人々に根付いた価値観を、短期的に変化させることは容易ではありません。
起業に関する社会からの評価を変えるための取り組みとしては、起業教育が必要となります。起業教育と言うと、大学や大学院における高等教育レベルで専門的な起業の知識を学ぶことが想起されがちですが、家族や友人など本人にとって重要な他者からの、起業家というキャリア選択に対する評価も、人々の起業のインセンティブに大きな影響を与えます。起業促進には当事者だけでなく、幅広い世代に対する啓発が鍵を握っています。

(2025年5月15日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)