2006年に山中氏が世界で初めてマウスでiPS細胞を作製し、2007年にはヒトiPS細胞の作製に成功しました。2014年には理化学研究所などがiPS細胞から作った網膜の細胞を患者に移植し、日本政府はiPS細胞研究に2022年度までの10年間で1,100億円を投じています。その結果、これまでは日本勢がiPS細胞研究で世界をけん引してきました。
武田薬品工業と京都大学iPS細胞研究所は、10年間続いたiPS細胞の産学連携研究を2025年度末に終了すると発表しています。人材育成や基盤技術の蓄積では成果を残した一方、具体的な新薬にはつながっていません。研究テーマはiPS細胞を応用した心臓病や精神疾患の治療薬など多岐にわたりましたが、発売や実用化のめどが立った案件は現時点ではありません。
iPS細胞は、血液や皮膚などから様々な組織・細胞をつくることができるのが強みで、失った組織や臓器を補う再生医療の本丸として期待されています。一方、治療に使う細胞の量産は人手が必要でコストがかさみ、移植後にがん化する可能性も指摘されています。遺伝子治療やiPS細胞以外の細胞治療も台頭しています。不妊治療の過程で廃棄する受精卵からつくるES細胞は、人工的に製造するiPS細胞に比べて入手が容易で安定しています。ゲノム編集で他人由来のES細胞の拒絶反応を抑える技術も登場しています。
存在感を示すためには、iPS細胞でしか実現できない治療領域などを見極めることが必要となります。iPS細胞は特定の細胞に分化して移植できるため、病気で失われた細胞を補えます。特定の神経細胞が減ることで運動機能が低下するパーキンソン病は、細胞を補って治療するiPS細胞との相性が良いと期待されています。大阪大学発のバイオスタートアップのクオリプスも、心不全の治療に使う心筋シートを承認申請しています。iPS細胞を使った世界初の医薬品となる可能性があります。

(2026年2月4日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)





