日本生殖医学会の起源は、1955年に設立された日本不妊学会にさかのぼり、爾来半世紀以上にわたり、本会はわが国における生殖医学の発展ならびに不妊治療の向上に中心的な役割を果たしてきた。地道な生物学の成果と不妊治療が合従して登場した体外受精・胚移植は、宿志を実現した観があり、革新的不妊症の治療法として導入され、瞬く間に全世界に普及した。その後、顕微授精をはじめとする様々な体外受精の関連技術が開発され、生殖補助医療と呼称されるようになり、自然の生殖過程の再現を目指した従来の不妊治療と訣別することになった。それに従い、不妊治療は生殖医療という用語に統一されるようになり、本会も2006年に「日本生殖医学会」とその名称を変更した。
近年の生殖医学の進歩にはめざましいものがあり、生殖現象の解明のみならず、ヒトの生殖現象を操作する新しい技術も開発されている。分子遺伝学や生殖工学の飛躍的進歩に伴って生殖医学も革命を受けつつあるといっても過言ではなく、このような生殖医学の発展は、発生生物学や生殖内分泌学の進歩に負うところが大きい。この生殖現象に深くかかわる生殖医療は、新しい生命の誕生がある点で、すでに存在する生命を対象とする他の医療と根本的に異なった特性を有している。21世紀に入り、ますます先端生殖工学技術は進歩をつづけており、とりわけ体細胞クローン技術やES細胞、iPS細胞の再生医療への応用は、今後の生殖医療の展開にブレークスルーをもたらすと思われる。
これまでに全世界で500万人以上、わが国でも38万人に及ぶ子どもがこの生殖補助医療によって誕生している。エドワーズ博士はこの体外受精・胚移植技術を開発し、生殖医療にブレークスルーを起こした業績により、2010年のノーベル医学・生理学賞を受賞した。この栄誉は生殖医療に従事するわれわれ臨床医にとって正しく宿望を遂げた受賞といえる。この先端医療はそれまで全く妊娠を望めなかった夫婦でも子どもがもてることを確かに可能にした。しかしながら、一方ではその技術の進歩に伴い、新たな医学的、社会的、倫理的、法律的な問題を提起するようになっている。さらには生命の起源に対する考え方、家族観や社会観を大きく変える医療として捉えられるようになってきており、この医療を今後どのように発展させてゆくかはわれわれの智慧が問われる。
これまでのわが国における生殖医療実績や生殖医学に関する研究業績の蓄積は、本会の至大な貢献によるものである。現在のわが国の生殖医療の現況を鑑み、学術団体としての名に恥じない叡智と良識を発揮し、社会の先導者たらん医療人を育成し、今後も国民に対して安全で安心な質の高い生殖医療を提供し続けるという重要な責務が本会には課せられている。
(吉村 やすのり)