法的親子関係について憶う(父子関係)―Ⅱ

 精子提供による生殖補助医療で生まれた子が自分の子ではありえないとの理由で、夫が嫡出否認の訴えを起こすことがあり得ます。もし裁判所でその訴えが認められた場合には、子は出生した母の夫の子でなくなり、法律上母のみを有する非嫡出子になってしまうことになり、子の身分がきわめて不安定なものになります。この際重要なことは、施術前に夫の同意があったか否かであり、同意の事実によって嫡出否認の訴えを起こさせないような法的措置が必要となります。こうした条件整備が精子提供によって生まれた子の法的地位を安定なものにしていくものと考えられます。
父親から提出される請求として、現在増加しつつある離婚の際に、子どもの養育義務を夫が回避しようとする状況の発生は容易に予測されます。このような場合、親子関係の法的取扱いの論拠として、結婚している母親から生まれた子どもは、その夫を父親と推定すると規定している民法772条第1項がしばしば引用されますが、それには夫の同意が当然ながら極めて重要となります。大切なことは、実子のうちに一定の割合で血縁のない子が含まれることが織り込みずみという点です。
201312月、最高裁は性同一性障害で個性の性別を変えた夫が、第三者からの精子の提供を受けて妻が出産した子どもを法律上の夫婦の子と認める判決を下しています。また、妻が夫と同居中に別の男性の子どもを出産したケ-スを巡る訴訟で、子どもと血縁上の父親との親子関係が否定される判断もなされています。しかし一方では、性同一性障害で性別を女性から変更したが、第三者から精子提供を受けて妻が出産した次男と父子関係があるとの確認を求めた訴訟の判決で、大阪家裁は、母が父との性交渉で次男を解任することが不可能だったのは戸籍の記載から明らかであり、民法の推定は及ばないと判断しています。これまでに夫婦間で行われ来たてきたAIDでは、夫の同意を要件として父子関係を認めているにも拘わらず、性同一性障害のカップルで認められないのは差別であるとの原告の主張は認められていません。
 性同一性障害患者夫婦へのAIDで生まれた子が嫡出子として認められないことを考慮しますと、通常の夫婦間で実施されているAIDにおいても、生まれた子どもが夫との間に遺伝的な関係がないことが明らかになれば、現行法のもとでは嫡出子とはならない可能性があります。これまでのAIDで生まれた子どもにおいては、区役所の担当者が生まれた子どもがAID児であることを知り得なかったため、推定用件を満たしていると推定しているにすぎないとの考え方もあります。逆説的に言えば、担当者がAID児であることと知ったならば、嫡出子として認めないという状況は十分に考えられます。これは、これまでAIDで生まれた15千人を超える子どもが非摘出子になる可能性があることを示しており、極めて深刻な問題です。
これまでのさまざまな事例を見る限り、AIDにおける父子関係については、裁判官でさえその判断が異なる場合があることを示しています。精子提供による生殖補助医療においては、子どもの法的地位保全のために早急の法的対応が必要となります。

(吉村 やすのり)

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