慶應義塾大学病院における精子提供による人工授精(AID)

日本で最もAIDが実施されている慶應義塾大学病院では、昨年6月より海外で出自を知る権利が認められてきた状況を踏まえ、ドナーの同意書の内容を変更しています。匿名性を守る考えは変わりませんが、生まれた子が情報開示を求める訴えを起こし、裁判所から開示を命じられると公表の可能性がある旨を明記しています。それにより、昨年11月以降、新たなドナーを確保できなくなり、今年8月、提供を希望する夫婦の新規受け入れを中止する事態に陥っています。昨日の有識者会議では、国による第三者を介する生殖補助医療実施のための親子法の制定や学会のガイドラインの作成が必要であり、今後も国や学会に対して積極的な働きかけをしていくことが確認されました。
慶應義塾大学病院でAIDが実施できないような事態に陥れば、感染症検査などをせず、凍結保存していない精液が使用され、しかもネットを通じて個人で精子提供をする動きも出てきます。国の専門家会議は、2003年に法整備に加えて、公的管理運営機関でドナーの個人情報の保存や開示請求の相談に応じるよう求めていますが、これまで実現していません。顕微授精が進歩した現在においても、AIDを必要とする男性は、100~200人に1人の割合でみられます。性同一性障害などの性的マイノリティのカップルには、挙児希望があればAIDの実施が不可欠です。まず国として、子どもの出自を知る権利をどのように考えるのかを決定することが必要となります。今後は一医療機関で十分なドナーを集めることは困難となってきます。公的管理運営機関をはじめとする迅速な国の対応が望まれます。

(2018年10月30日 読売新聞)
(吉村 やすのり)

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