ゲノム編集による遺伝子治療

狙った遺伝子を改変するゲノム編集技術を応用した世界初の遺伝子治療が、英国と米国で相次いで承認されました。この遺伝子治療は、CASGEVY(一般名=Exa―cel)と呼ばれます。2020年にノーベル化学賞が贈られたCRISPR/Cas9というゲノム編集の技術を使っています。それまでの技術よりも簡単に、特定の遺伝子の機能を壊したり、逆に遺伝子を修復して機能するようにできます。
英国での承認の対象は、鎌状赤血球症とβサラセミアの二つの病気です。どちらも、赤血球に含まれて酸素を運ぶたんぱく質であるヘモグロビンに異常が出ます。重度の貧血や、手足などの強い痛み、臓器不全などの症状が出ます。米国では、鎌状赤血球症について承認されました。これまで根治のための唯一の方法は、健康な他人の造血幹細胞を移植する骨髄移植でした。
赤血球をつくる造血幹細胞を患者の骨髄から取り出し、体外でゲノム編集をほどこして、特定の遺伝子が働かないようにします。患者の造血幹細胞が特殊な赤血球を作れるようになり、これを注射で体内に戻します。臨床試験では、鎌状赤血球症の患者29人のうち28人が、治療後少なくとも1年、重度の痛みから解放されました。βサラセミアでは、患者42人のうち39人が、治療後少なくとも1年、輸血が必要でなくなりました。
CRISPR/Cas9を使ったゲノム編集では、目的と違う遺伝子を誤って改変してしまうオフターゲット作用が懸念として挙げられます。目的外の遺伝子編集によるがん化など予想外の副作用が起きていないか、注意深くみていく必要があります。臨床試験で問題は確認されていません。費用も高額です。米国では患者1人あたり200万ドル(約3億円)ほどになるとされています。
日本には患者が少なく、新たな治療の登場による国内への影響はそれほど大きくないと考えられます。しかし、様々な遺伝子病に対して、目の病気やがんなどの分野で、研究開発が進められています。今回の遺伝子治療は、目的の遺伝子を働かなくしたうえで体内に戻し、治療効果を得られるものです。今後は、体内で直接作用するものや、病気の原因の遺伝子を修復して正常に機能させるようなものなども、実用化が進むと思われます。

(2024年1月17日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)

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