iPS研究の遅れに憶う

様々な細胞や組織になれるiPS細胞(人工多能性幹細胞)は、日本発の成果として注目されていますが、世界では競争に遅れをとっているとの指摘がされるようになってきています。iPS研究の工程表は、2009年に初めて作られ、2013年、2015年と改訂を重ねてきています。改訂のたびに目標が数年から10年近く遅れるものもありました。iPS細胞を使った世界初の移植は2014年です。色素上皮細胞という網膜の組織で、2009年の工程表にあった5年以内という目標は達成しました。しかし、2018年までに販売を開始する目標も示していましたが、未達成です。文部科学省は、iPS細胞をめぐる臨床研究や治験を始める目標時期を示した工程表づくりをやめてしまいました。
ドイツの研究チームは、iPS細胞と、同じように様々な細胞になる能力があり研究の歴史が長いES細胞(胚性幹細胞)について、ヒトの細胞が対象の論文を調べています。国別の論文数のシェア(2008~2016年)では、iPS、ESとも米国が40%以上で突出して1位、日本はiPSが14.6%で2位です。ESが4.7%で4位と存在感を示しています。
しかし、論文が載った科学誌の格付けを示すインパクトファクターという指標(2013~2015年)で比べると、iPSの論文は、日本はイタリアや韓国を下回る15位に甘んじています。ESは10位でした。論文が他の研究者から引用された回数は(2013~2015年)は、iPSは平均を下回る10位でした。日本のiPSの論文は数こそ多いのですが、権威ある学術誌には載らず、注目度も高くない状況にあります。
国はiPS細胞など再生医療に対し、2022年度までに計1,100億円を助成する方針を決めていました。しかし、税金を使う以上、世界の動向を見ながらiPS細胞がどんな疾患なら使えるのか、5年後10年後の策を考えるべき時期にきています。臨床応用への道が未だ開けず、臨床の有用性が確認されていない現在、全体の計画を今からでも見直すことが必要となると思われます。海外では、ES細胞の研究の蓄積をiPS細胞の研究に生かしています。日本は研究費がiPS細胞に偏りすぎて、ES細胞研究と分断された影響が表れています。

(2019年12月19日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)

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