新型コロナワクチンで実用化されたmRNA技術を、別の感染症のワクチンや治療薬に応用する研究開発が世界で進んでいます。mRNAは、体内でたんぱく質をつくる情報を記したレシピの役割を果たしています。DNAには、生命活動に必要なたんぱく質の情報が保存されています。mRNAはこの情報を写し取り、細胞がたんぱく質をつくるのを仲介します。コロナ向けのmRNAワクチンは、ウイルスのたんぱく質をつくる情報を体内に加えることで、体内にウイルスの一部を作らせ、免疫システムに事前学習させる技術です。
mRNAが脚光を浴びるのは、コロナワクチンで注目された効果の高さに加え、開発の速さや応用範囲の広さです。ワクチン開発は10年ほどかかる場合もありますが、コロナワクチンは1年弱という異例の短期間で実用化されています。mRNAはいわばソフトウェアで、ウイルスの遺伝子配列が分かればすぐ開発に着手でき、製造も容易です。mRNAを変えれば、様々なワクチンや薬として利用できます。
遺伝子異常などで体に必要なたんぱく質をうまく作れない人に対し、そのたんぱく質をつくるmRNAを投与して補充すれば、治療薬になります。また、がん細胞に特徴的なたんぱく質のmRNAを投与すれば、免疫システムががん細胞を攻撃し、がん治療に使えます。将来は、現在主流の化学合成でつくる低分子薬や、バイオ医薬品として知られる抗体医薬などと並ぶ分野になると期待がかかっています。
市場規模でみれば、これから数年間はすべてコロナ向けワクチンですが、2020年代後半から他の感染症のワクチンや治療薬が実用化され、2035年には78%がコロナ以外の用途になる見込みです。ボストンコンサルティングによれば、mRNA創薬を手がける会社は、大手やベンチャーなど31社にのぼっています。最終的には、製薬産業の20~30%がmRNA医薬になるとも言われています。
(2021年12月5日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)