初期臨床研修制度は、研修医に対して健康維持のために継続的に対処するプライマリー・ケアを中心とした幅広い診断能力の習得を目的としており、2年間の臨床研修を義務づけた。この制度の特徴の一つは、研修先として臨床研修病院に指定されている病院を自由に選べることである。つまり、医局に籍を置き、大学病院に勤務する以外の選択肢が大きく広がったのである。そのため、2004年からの2年間は産婦人科を希望する医師が激減した。総じて大学病院より臨床研修病院のほうが平均給与が高いため、医局制度の残る大学付属病院は敬遠されるようになり、臨床研修病院を選ぶ研修医が多くなった。
さらに、地方大学医学部を卒業した研修医が、都市部の臨床研修病院を選択するケースが多く、地方大学の医局が医師不足に陥るという事態が起きた。とくに産婦人科の医局では、医局員が教授を含めて10人以下という深刻な事態に陥る大学も出てきた。労働力としての研修医を多く抱えることができなくなった大学病院では、診察業務さえ支障を来たすことになるため、公立病院や私立病院などの関連病院に派遣していた医局員を引き上げるという事態が地方を中心に起こり、産婦人科の縮小や、閉鎖を余技なくされる病院まで出てきた。
産婦人科医の不足は、初期臨床研修制度だけが原因ではない。研修医に人気のある都会の一部の病院以外では慢性的な産婦人科不足になり、一人一人の産婦人科医にかかる負担が増えてきた。当直を終えた日の朝に帰れるわけでなく、そのまま常勤勤務する。つまり36時間勤務というのもよくあることで、2年間の臨床研修の間の産婦人科も経験することになるため、若い医師たちは、食事もまともにとれずに1日中、外来や病棟で働きづめの産婦人科医の実態をみたら、とても産婦人科を選ぼうとは思わないだろう。
もう一つ産婦人科が若い医師に敬遠されがちな原因がある。それは、訴訟の多さだ。産婦人科の民事訴訟の件数は、医師1000人当たり16・8件である。これは、リスクが高いと思われている外科の約3倍にも達している。内科や小児科の6倍から8倍もの民事訴訟のリスクがある。産婦人科の民事訴訟が多い背景には、日本人の場合、「赤ちゃんは無事に生まれるのが当たり前」という意識が強いことである。妊産婦の死亡率はアメリカに比べて3分の1という少なさである。赤ちゃんの死亡率も日本が一番低い。つまり、日本の周産期医療が素晴らしすぎるために、「赤ちゃんは無事に生まれるのが当たり前」という出産に対する安全神話ができてしなっているのである。
産婦人科医のたゆまぬ努力が、訴訟の多さを招いているというのはなんとも皮肉な話である。
(吉村やすのり)