今は『直美』だけでなく『直産』が増えています。2024年、初期研修を終えた医師が美容外科に直接就職する直美が話題となりました。医師不足の中、ワークライフバランス重視の選択に直美叩きとも言える反発が起きましたが、研修直後に企業へ就職して産業医となる直産が広がりつつあります。
日本医師会が実施する研修の履修や、労働衛生コンサルタント試験の合格によって産業医の資格要件を満たせます。医師であれば短期間で産業医となり、安定した収入と福利厚生を得られます。厚生労働省の報告によれば、2022年時点の認定産業医は10万人を超えており、その有効者数も7万人と増加傾向にあります。子育て中の女性医師にとって、時間の融通も利く産業医は魅力的です。
産業医の報酬は診療報酬に基づく出来高制ではなく、企業の給与体系に連動します。丁寧な面談や現場巡視によって、従業員の安全衛生に愚直に向き合う産業医がいる一方で、そうでない場合でも報酬は変わりません。安易なキャリア選択や名ばかり産業医の放置は、真摯に取り組む産業医の評価や信頼を損ない、ひいては企業の競争力そのものを脅かすリスクとなります。
厚生労働省によれば、2024年度の精神障害による労災請求は脳・心臓疾患の3.7倍に達し、労働安全衛生調査では、メンタル不調による休職または退職した従業員がいると回答した事業所は、全体で12.8%、大企業では9割以上を超えています。今のままでは名ばかり産業医が、メンタル不調による休職を助長しかねない状況です。メンタル不調で休みたいという社員が医師に診断書を書いてもらい、それを会社に持参して休職を求めるケースが増えています。
医師は、通常治療に正解が求められますが、産業医は主治医ではありません。産業医に求められるのは、主治医・従業員・企業のハブとなり、労使双方が納得できる選択に導くことです。そのためには、医学的知識や倫理に頼りすぎず、人事や経営者に理解や敬意をもって接することで、本人以外からの情報も取らなければなりません。これには交渉や調整、コミュニケーションといった言わば文系力を養う必要があります。

(Wedge November 2025)
(吉村 やすのり)





