臓器移植の断念件数の増加に憶う

脳死者から提供された臓器の移植手術を行う東京大学など3大学病院で、人員や病床などが不足し、臓器の受け入れを断念する例が相次いでいます。日本移植学会が実施した緊急調査によれば、2023年に計62件あったことが判明しています。一刻も早く手術を受けたいと願う患者に移植を提供できなくなってきていることは、大きな問題です。
脳死ドナーが増える中、移植施設としての人員や病床の確保は厳しい状況が続いています。移植には、外科医や麻酔科医の他、臨床工学技士や看護師など大勢の専門人材が関わります。今後さらに増加が予想される移植手術に対応するためには、人材も集中治療室(ICU)も増やさなければなりません。移植専門の待機スタッフや病室を新たに確保するためには、年間2億7,000万円以上の資金が必要とも試算されています。
日本の移植は赤字医療で、現行の診療報酬制度では、入院期間が長くなるほどコストがかさんでしまいます。臓器受け入れ数が増えるほど負担が増える状況では、移植医療の拡充はもとより、現状の体制維持も難しい状況です。その結果、移植を行う病院の参入が進まず、少数の大学病院などに患者が集中しています。
米国では、病院側の都合で臓器の受け入れを見送ることはほぼありません。日本の状況と同じく、手術室やICUも余裕がありません。しかし、病院全体で、移植はトッププライオリティー(最優先)という共通認識があります。予定されていた手術の延期や、病床や人員の調整に異議を唱える職員はいません。ドナーから患者へと命をつなぐ移植医療の重要性が社会に浸透しています。そもそも臓器提供に限らず、寄付文化が根底にあることも影響しています。
移植を最優先にできるのは、最も収益が高い医療の一つであることも大きい要素です。医療保険でカバーされ、病院への収入は心臓のバイパス手術と同様にトップクラスで、経営側も積極的に受け入れようとしています。情報公開もカギになっています。米国では、受け入れ率が低ければ、全米臓器配分ネットワーク(UNOS))から指導を受け、患者側から選ばれない病院になってしまいます。UNOSのように医療機関から独立し、影響力のある機関から常に監視されていることは、移植に携わる医療者にとってプレッシャーになっています。
日本では長年、脳死ドナーからの臓器提供は少なく、移植は特別な医療でした。しかし、今提供が増えて、待機患者が多い移植施設には、毎週のように臓器の受け入れ要請が来るようになり、日常的に受け入れる体制が求められています。しっかり体制を整えて、移植を通常の医療として根付かせることが必要となります。そのためには、診療報酬点数の見直しや拠点となる病院の救急医療加算など、収益を確保できる仕組みの検討が求められます。移植に携わる人材の教育拠点を設け、臓器移植に生きる望みを託した患者に、必要な医療を提供する体制の構築が大切です。

(2024年5月30日 読売新聞)
(吉村 やすのり)

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