生殖補助医療による妊娠においては、多胎妊娠、高齢妊婦、合併症妊娠、胎児・新生児異常などの増加が考えられる。生殖補助医療による妊娠の多くは周産期リスクが高く、わが国の周産期医療システムを逼迫させる状況に陥らせてきた。
また生殖補助医療による妊娠においては、妊娠高血圧症候群、前置胎盤、常位胎盤早期剥離などの産科異常の発症頻度が自然妊娠より高く、これらは多胎妊娠ならびに高齢妊娠が多いことに起因している。生殖補助医療による3胎以上の超多胎に対しては、近年減少傾向がみられるものの、母児双方の予後の観点より減数手術が実施されてきた。生殖補助医療を受けるクライエントは、生殖医療に従事する医師より妊娠分娩のリスクの充分な説明を受けていないことが多い。そのためクライエントは多胎妊娠のリスクを認識することなく、妊娠後、周産期医療機関を訪れることも多い。これらのリスク評価に際しては、産婦人科医師だけの問題ではなく、クライエントも含めた教育システムの構築が必要となる。
多胎妊娠の母児に与える周産期リスクを考慮すると、母体保護のために多胎減数手術の必要性は認められる。しかし、母体保護法第2条第2項では「この法律で人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出することをいう」と謳っており、現在実施されている多胎減数手術は胎嚢内への薬物注入によるものであり、この定義は当てはまらないことになる。そのため多胎減数手術は母体保護法による施術ではないとも解釈され、これによらない多胎減数手術は、堕胎罪に抵触するおそれがあることになる。
日本産婦人科医会では、多胎妊娠の周産期リスクを考えると母体保護法のための多胎減数手術の必要性は認めるとし、母体保護法の定義を修正し、「母体内で胎児を消滅させる場合」を挿入することによって母体保護法の下で多胎減数手術を可能とするよう提言を2000年に纏めている。この答申において、刑法堕胎罪、母体保護法の人工妊娠中絶の規定などの解釈により多胎減数手術が可能であるか検討すべきであるとしている。また、この報告書では、多胎減数手術の実施条件が厳格に守られるためには、行政あるいは学会において、これをルール化することが必要であるとしている。このようにさまざまな生殖補助医療によって生ずる多胎に対して、減数手術を実施する際には母体保護法を十分に理解しておくべきである。
今後、わが国においても卵子提供や代理懐胎が許されれば、閉経した高齢女性でも妊娠することが可能である。周産期医療に携わる医師は、いかなる状況下での妊娠であっても、またその女性が高リスクであっても、妊娠の維持に努め、母児ともに良好な予後が得られるように最大限努力するのが常である。生殖医療の実施に際しては、周産期医療と生殖補助医療に携わる医師が互いに緊密な連携を取り合うことが大切であり、生殖医療従事者が周産期医療の現状を理解しつつ、クライエントに対し適切なリスク評価をすることが必要である。近年、高齢妊娠のリスクを認識することなく、海外にて卵子提供を受ける女性が急増している。特に海外で卵子提供を受け妊娠した女性は、妊娠成立のみを希求するため、多数の胚が移植されることが多く、その結果として、高齢でかつ多胎妊娠の状況で周産期医療施設を訪れることが多い。分娩リスク緩和及び母体保護の観点からも、第三者を介する生殖補助医療実施のためのガイドライン作りや法整備が急務である。
2012年12月1日 日本医師会家族計画・母体保護法指導者講習会 @東京都 より
<吉村やすのり>