がんと妊孕性―Ⅷ

社会的な卵子の凍結

未婚であることや、仕事を続けたいなどの社会的理由で、自らの卵子を凍結保存し、将来の妊娠や出産に備える女性が増えています。平成25年に日本生殖医学会は、がん患者の治療による卵巣機能廃絶を避けることを目的とした医学的な卵子の凍結のみならず、社会的適応による卵子や卵巣組織の凍結についてのガイドラインを作製しています。この医学的でない、将来の妊娠に備え自分自身の卵子を凍結することを、社会的な卵子の凍結とも呼んでいます。対象は成人女性で、本人の妊娠や出産のためのみに使用することはできますが、卵子を他人に譲渡することはできません。また日本生殖医学会が認定する、生殖医療専門医がいる施設で実施すべきとの、施設基準も設けています。クライエントは、医療者側からの卵子凍結の意義や問題点、さらには妊娠率、凍結した卵子を用いて妊娠する際の注意事項を十分に聴く必要があります。
 社会的適応の場合、注意しなければならないことは、胚の凍結に比べ、卵子の凍結技術は医学的に十分とはいえないために、凍結卵子による体外受精の妊娠率や生産率が、未だ低率であるとことをクライエントに十分に説明しなければなりません。ガイドラインでは、40歳を超えると卵子のクオリティーが低下することより、卵子や卵巣の採取の時期は40歳未満としています。高齢での妊娠や出産ではリスクが高まることより、45歳を超えて凍結した未受精卵子や卵巣を使用して、受精卵を作製し、胚移植をすることは推奨できないとしています。
こうしたガイドラインを作成すると、若い女性が20代のうちに卵子を凍結しておけば心配ないと考えたり、若いうちに凍結しておきなさいと薦める人がでてきてしまうことも大いに懸念されます。母児の合併症やさまざまなリスクを考慮すると、妊娠や分娩には適切な年齢があります。ガイドラインは、未受精卵子あるいは卵巣組織の凍結保存によって、妊娠・分娩時期の先送りを推奨するものではなく、現在無秩序におこなわれているかもしれない、未婚女性の卵子の凍結に警鐘を鳴らすためのものであります。
 妊娠・分娩をするかしないか、その時期をいつにするかは、あくまで当事者の選択に委ねられています。しかし、女性は25歳から35歳の間に自然妊娠、そして出産することが、生理的であることを忘れてはなりません。女性が出産や育児を経験しながら、仕事を続けられるような社会にしてゆくことが優先課題であることは、言うまでもないことです。高齢になって妊娠するために行う社会的な卵子凍結は、何らかの事情で生殖年齢の適齢期に妊娠や出産ができない人のための特別な手段と考えるべきです。

(吉村 やすのり)

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