がんと妊孕性温存―Ⅰ

年間60万人以上ともいわれる悪性腫瘍患者の中の約10%は、生殖年齢またはそれ以下の患者であり、手術療法、放射線療法、がん化学療法、骨髄移植療法などによりその完全寛解率は著しく向上してきた。しかしながら、一方で治療により卵巣機能の廃絶に追い込まれることが多く、卵子や卵巣組織を温存して将来の妊孕能を確保しておく気運が高まってきている。従来より悪性腫瘍患者の治療の際には、妊孕力保持を目的として卵巣温存手術、卵巣に対して影響力の少ない化学療法の選択、卵巣を移動することによる放射線療法における照射部位の考慮などが実施されてきた。しかしながら、これらの効果は妊孕能温存という観点から十分とは言えないものがあった。

抗がん剤治療および骨髄移植前処理に伴う妊孕性の喪失は、挙児希望を有する血液がん患者の治癒後人生に大きな影響をもたらすことになる。卵子凍結は、凍結できる卵子数が限られているために効率は低いものの、悪性細胞の混入を考慮する必要がなく、また未婚女性にも有効であることから、ほとんどすべての患者に応用可能であるという利点がある。がん患者に対する卵子の凍結保存は大きな福音となっているが、がん患者は抗がん剤治療の厳しいスケジュール下に置かれ、卵巣機能と卵子の質の維持が極めて困難な状況にある。患者自身の生命が保証されなければ卵子保存を考慮すべきではなく、卵子の採取によって早期治療が重要な原疾患の処置が遅れる事態も懸念されることから、患者に不利益が生じないような慎重な対応が必要となる。

卵子や受精卵の凍結保存が卵子数個しか凍結保存できないのに対して、卵巣の凍結保存は組織を凍結するため理論的には凍結可能な卵子数が飛躍的に多くなる。また卵巣刺激操作や卵胞成熟までの日数を待つ必要がないため、原疾患の治療の開始を延期させなくてもよいことが利点である。さらに将来的には移植後体外受精を実施しなくとも自然妊娠を期待することができるようになるかもしれない。また成熟卵子を得ることが困難な思春期前の女性でも凍結保存が可能であり、卵子凍結と異なり月経周期再開という点から、女性にとっては心理的にもエストロゲンによる生理的な体内バランスを取り戻すことができるという長所がある。将来は既婚女性を含めて悪性腫瘍患者の妊孕性保持のために非常に合理的な方法となる可能性がある。

(吉村やすのり)

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