出自を知る権利について憶う-Ⅰ

 子どもに権利に関しては、歴史的には1924年の「子どもの権利に関するジェネ-ブ宣言」に始まる。このとき初めて脆弱な子どもの権利についての裏付けがなされた。1957年に国際連合総会で採択された「児童の権利に関する宣言」において、子どもに対して特別な保護を与えることの必要性が述べられている。特に児童はその母から引き離されてはならない、児童はいかなる形態においても売買の対象にされてはならないという2つの条項は、代理懐胎における子の立場を考えるとき、その意味を深く考える必要がある。
 19891120日国連総会において、児童の権利に関する条例、いわゆる子どもの権利条約は、18歳未満のすべての人の保護と基本的人権の尊重を促進することを目的とし採択された。日本は1990年にこの条約に署名し、1994年に批准している。この条約は世界中に貧困、飢餓、武力紛争、虐待、性的搾取といった困難な状況に置かれている子どもがいるという現実に目を向け、子どもの人権を国際的に保障、促進するために成立したものである。その第7条において「子どもは出来る限りその父母を知り、かつ父母によって教育される権利を有する」と規定している。この規定が精子や卵子あるいは胚などの提供にとる生殖補助医療によって生まれた子が、遺伝的な父や母を知る権利を有することまで認めたものであるかどうかは明確ではないが、子の立場からみれば真実を知る権利として確立されているとも考えられる。
 子の保護と人間的尊厳性を守ることは基本的権利として位置づけられ、クライアントの子をもちたいという権利にも増して重要視されるべきである。生まれてくる子は遺伝的な由来を知る権利を有すると考えられている。しかし第三者を介する生殖補助医療において、子どもに出自を知る権利が認められることになれば、ドナ-の匿名性は守られないことになる。これまでわが国の精子の提供による精子提供による人工授精(AID)においては、匿名性の原則が貫かれてきた。優生思想の排除のためには、クライアント夫婦と提供者の匿名性の担保が必要であること、匿名性が守られなければ提供者のプライバシ-を守ることができなくなるからである。また匿名性が守らなければ提供者の減少も予想される。これら匿名性の原則は、第三者を介する生殖補助医療を受けるクライアント夫婦の、人に知られたくないプライバシ-を保護することを第一義的に配慮しており、結果的に匿名性を子どもの利益に優先させていることになる。

(吉村 やすのり)

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