出自を知る権利について憶う-Ⅱ

アイデンティティ-の危機への対応
 日本の特別養子制度は実親を知ることが可能な制度になっている。養子に関する研究は、アメリカ、カナダ、イギリスなどにおいて行われており、養子には自己の出生の由来を知りたいと思う願望があること、また養子が自己の出生を知ることが養子の成長にとって極めて重要であると結論づけられている。スウェ-デンにおいても、養子問題についての長い経験から、AIDにおいても両親が子どもに対して真実を告げることがいかに子の発育にとって重要であるかが示されている。もし子どもが他人から自分が養子であることを告げられたとしたら、子どもにとって大変な苦悩であろうし、また同時に養親に対する子の信頼が傷つけられることにより、子どもにはアイデンティティ-の危機が起こりうる。
 わが国では過去60年以上にわたって大きなトラブルもなくAIDが施行され、正確な数は不明であるが、おそらく15000人以上の子どもが生まれ育ってきた。これまでは精子提供に関する匿名性の原則により、子どもの出自を知る権利は行使できない状況にあった。しかし家族において子の出自に関する秘密の存在によって、親子の緊張関係や反対に親子関係の希薄性が生じ、子は親が何かを隠していることに気づき、親子の信頼関係が成立しなくなる危険性があることが指摘されるようになってきている。生まれた子どもが後になって真実を知ったときには、アイデンティティ-の危機が起こりうる。第三者を介する生殖補助医療で生まれた子が、その成長の過程でその出自を知った場合や、心理的サポ-トがないままに出自を知らされた場合、子どもは二重の危機に直面することになる。
 子どもは真実を知る権利もあると同時に、真実を知っていく過程において、十分な心のカウンセリングケアを受けることが大切である。第三者を介する生殖補助医療を実施していくにあたっては、子の発達段階に応じた親子関係、家族形成過程への援助のシステムを構築することが肝要である。看護師、臨床心理士、ソ-シャルワ-カ-などが入ったチ-ムとして、不妊治療の時期から介入し、生殖補助医療を受けた両親のみならず、生まれた子の成長に合わせて、子が思春期を迎え成人するまでの長期間的な心のケアをしていく体制を作っていく必要がある。

(吉村 やすのり)

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