生殖医療の未来に求めるもの

生殖とは生命体がこの世に現れて以来、連綿と繰り返してきた生命の保持を目的とした極めて重要な行為である。ヒトは生殖により次世代を誕生させ、個体の死を超えて存在することを可能にしている。近年の生殖医学の進歩にはめざましいものがあり、生殖現象の解明のみならず、ヒトの生殖現象を操作する新しい技術も開発されている。

細胞生物学や先端生殖工学技術の飛躍的進歩に伴って生殖医学も革命を受けつつあるといっても過言ではない。また生殖医学の発展は、新しい生命の誕生以外に、さまざまな医療の進歩の呼び水となっている。体細胞クローン技術、iPS細胞の作成など人類の未来に夢をもたらす技術の開発に繋がり、これら先端技術は今後の生殖医療の展開にブレークスルーをもたらすことが予想される。

一方、医療の原点である医の倫理、すなわちバイオエシックスの概念自体は近年変化してきている。医の倫理に関する議論百出の最大の要因は、「ヒポクラテスの誓い」以来延々と受け継がれ、近代医学を形成してきたパターナリズム的医学倫理観と決別したことにある。患者の権利意識の向上により、インフォームドコンセントあるいは患者の知る権利および自己決定という、新しい概念により医療の理念に変化がみられている。自己決定とは、当人が熟慮の上で重要であるとみなした価値に合致していると考えて下す決定である。

生殖医療は単に不妊に悩むクライエント夫婦に子を授ける医療であるばかりでなく、生命の起源に対する考え方、家族観や社会観を大きく変える医療として捉えられるようになってきている。また生殖医療においては、生命を操作した結果が世代を超えて引き継がれてゆくことになり、その影響には計り知れないものがある。晩婚化や少子化とも相まって、今後生殖補助医療によって誕生する子どもは増えるであろう。このような新しい医療技術を社会はどのように受けとめ、家族としてどのように子どもを受け入れ、育てていくのか改めて問題となるであろう。自己決定に基づく生殖医療であっても、生まれてくる子どもの同意を得ることはできないということである。

2012年11月16日 愛知産婦人科懇話会 @名古屋市 より

<吉村やすのり>

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