生殖医療を改めて考える―次々とおこる代理出産報道―

オーストラリアの夫婦が、タイ人女性に代理出産を依頼し、その女性の子宮に自分たちの胚を移植して2人の子どもが授かった。双子が無事生まれたが、クライエント夫婦は健常な女児だけを連れて帰り、ダウン症の男児を引き取らなかった。希望していない障害児を育てることは、自分たちの本意ではないとばかりに、出産をした女性に育児をさせている行為は、人道的には許されるとは思われない。オーストラリアでは営利目的での代理懐胎は許されておらず、代理懐胎を禁ずる法律のない国で実施したとのことである。アジア諸国では貧しさが由に生活のために代理懐胎を引き受ける女性がおり、生殖産業としてビジネス化している。

わが国においては代理懐胎に関する法律はない。日本産科婦人科学会は2003年に、代理懐胎は出産する女性の身体に危害を与える可能性があることなどを理由に見解にて禁止している。また、2008年には日本学術会議が、営利目的での代理懐胎は禁止とし、違反者は法的に処罰する罰則規定も作っている。しかし、先天的に子宮を持たない女性や病気などの治療として子宮の摘出を受けた女性に対し、厳重な管理下での限定的な試行は認めるとしている。わが国では母親が娘のために代理懐胎を行った例以外、実施されたとの報道はない。わが国においては、無償で代理懐胎してくれるような女性を探すことは困難であるため、海外で実施する日本人夫婦が後を絶たず、最近では米国ではなく、費用の安いインドやタイで代理懐胎を依頼するクライエントが増えている。

このような状況を受けて、生殖補助医療の法整備を検討している自民党PTは、秋の臨時国会で代理出産を限定的に認める法案を目指している。現行案では生まれた子の母親は代理懐胎をした女性としている。通常は、養子縁組または特別養子縁組によって、クライエント夫婦の間に親子関係を定立することになる。しかしながら、今回のケースのように依頼したクライエント夫婦が子を引き取らないケースがあることも考慮すれば、あらかじめ引き取り拒否をした場合の責任の所在を法的に決めておく必要がある。

このように生殖医療の進歩は予期せぬさまざまな問題を引き起こしている。生殖医療の進歩に法規則や社会的・倫理的対応が追い付けていない状況にある。ヒト体外受精・胚移植の成功は、不妊に悩むクライエントにとってはまさにプロメテウスの火であった。しかし、これら技術の進歩は第三者を介する生殖補助医療を可能にし、人のアイデンティティーや尊厳、家族のあり方、子の出自など、根源的な問題を投げかけ、パンドラの箱という側面をもつようになってきている。

体外受精の技術そのものは素晴らしいものである。科学技術の発展はいつも新たなる問題を引き起こすとされる。しかし化学技術の発展そのものが悪いのではなく、どのように発展させていくかは人間の知恵が問われるところである。それがこの技術が“プロテウスの火”であるゆえんである。

(吉村 やすのり)

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