生殖医療管見-Ⅴ

生殖医療の倫理的諸問題
 生殖医療の進歩により、さまざまな倫理的諸問題が起こるようになってきている。しかしながら、現在の生殖補助医療の問題は、進歩し確立されてきた医療技術の適応拡大という局面で生じた問題であり、代理懐胎や卵子提供による体外受精が先進医療技術であると捉えるのは誤謬である。施術しかも適応拡大の判断に関しては、医学的というよりも、むしろ社会の合意が重視される問題である。施術にあたった医師が患者のために先端医療技術を駆使できないのは、基本的人権の侵害であるという者もいるが、自己決定権だけでは行使できない状況もありうる。
もう1つの問題は出自を知る権利である。子どもに出自を知る権利を保障するためには、クライエント夫婦による真実告知が前提となる。これまでは提供精子による人工授精を希望するカップルは、子どもに真実告知をしていないケースがほとんどであった。もし子どもの出自を知る権利が認められることになれば、ドナーの匿名性は守られないことになる。いずれにしても、精子・卵子・胚の提供による生殖補助医療を受けて子をもちたいと考えているクライエント夫婦にとって、こういった医療を受ける前に、生まれてくる子には出自を知る権利があるとの認識が必要となる。国によって対応は異なっているが、出自を知る権利は子のアイデンティティや信頼に基づく安定的な親子関係の確立にとって大切な権利であると考えられる。これまで半世紀以上にわたってAIDを実施してきた慶應義塾大学病院においても、現在ではクライエントに対し、生まれた子どもに出自を知る権利があることを十分に説明している。また将来の子どもの出自を知る権利の保障にも対応できるように、実施状況の詳細に関するデータは、診療録とは別に保管し、長期のデ-タ-の保存に耐えうる体制を整えている。
 第三者を介する生殖補助医療においては、提供の対価も問題となる。配偶子の提供、特に卵子の提供に対しては、姉妹や友人でなければ無償での実施は極めて難しいと思われる。また代理懐胎においては、妊娠と分娩という長期間にわたって女性を拘束することになり、経過中の医療補償を含め、対価が必要になることは容易に想像できる。しかしながら、配偶子提供や代理懐胎における対価の支払いは生殖ビジネスにつながり、結果的に「人を専ら生殖の手段として扱う」ことになってしまうとの懸念が多くみられる。こういった医療を考える時、有償即ち悪とするのではなく、一定の対価が必要となる場合もあるといった現実的な対応も考慮されてしかるべきである。それによって、無秩序で商業主義的な実施が却って回避できるかもしれない。

(吉村 やすのり)

カテゴリー: what's new   パーマリンク

コメントは受け付けていません。