生殖医療管見-Ⅵ

生殖医療の法的問題
 わが国においては生殖補助医療に関連する法規制はまったく存在せず、日本産科婦人科学会の見解に委ねられている。学会は体外受精・胚移植を含む生殖補助医療に関する様々な見解をだしてきた。医療技術の進歩や時代の変化に呼応し、2006年以降、様々な会告の改訂を行っている。これらの会告は、生殖補助医療の適応や実施医師や施設の要件、インフォ-ムドコンセントなどを含んでおり、臨床実施の基盤となっている。しかしながら、学会は学術親睦団体であり、医療における施術の管理を行う組織ではない。そのため法的権限もまったく存在しないことより、違反行為に対して適切に対処することは困難である。
日本産科婦人科学会の見解は、わが国において生殖補助医療実施にあたって事実上のガイドラインとしての役割をはたしてきた。これらの見解には法的な裏づけがなく、しかも学会が生殖補助医療を実施するする医師に見解を遵守させる仕組みを持っていない。これまでわが国の生殖補助医療において、一定のガバナンスを発揮し、有効な手段として機能してきたが、これらの見解は生殖医療に携わる医師の立場から作成されたものである。生殖医療は医療だけの問題ではなく、人の生命観、家族観、倫理観など多くの問題を包含しており、見解の作成にあたってはクライエントの人権、生まれてくる子どもの福祉、その社会的環境など、様々な観点からの検討が必要となる。
特に、第三者を介する生殖補助医療に関しては、厚生科学審議会の専門委員会および生殖補助医療部会において、1998年より5年余の年月をかけ検討され、精子・卵子・胚の提供などによる生殖補助医療の実施のためのガイドラインが作成された。また法務省法制審議会においても、出生児の民法上の親子関係についての中間試案が発表された。これらの報告書に基づく法案が、2004年の通常国会に提出されることが予定されていたが、現在まで法案は国会に提出されていない。
その後、日本学術会議は、法務大臣および厚生労働省からの連名で代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題についての審議の依頼を受け、代理懐胎の規制の是非について医学的側面、倫理的・社会的側面、法的側面より検討を加え、20084月に提言をまとめている。それによれば、代理懐胎については法律による規定が必要であり、それに基づき原則禁止とすることが望ましいとされた。営利目的で行われる代理懐胎には処罰をもって臨み、処罰は施行医、斡施者、依頼者を対象とする厳しいものである。ただし、厳重な管理の下での代理懐胎の試行的実施(臨床試験)は考慮されてよいとされている。母体の保護や生まれ子の権利、福祉を尊重し、医学的、倫理的、法的、社会的問題を把握する必要性などを鑑み、先天的に子宮を持たない女性および治療として子宮の摘出を受けた女性に対象を限定している。しかしながら、代理懐胎に関しても必要な立法化に向けての準備は開始されていない状況にある。
現在、自民党の生殖補助医療に関するプロジェクトチーム(PT)が、第三者を介する生殖補助医療に関する法律骨子素案を発表している。精子や卵子提供は一定の条件下で認め、代理懐胎については限定的に許容する案と禁止する案が両論併記されている。代理懐胎については、懐胎女性の搾取に繋がる、生まれた子どもの異常による引き取りの拒否、胎児の異常による中絶の強要などが起こりうることから、女性や子の福祉に反するとして否定的な意見が根強い。施術を容認する方向で社会的合意が得られる状況となった場合には、学会が医学的見地より実施のためのガイドラインを整備する必要性がでてくる。

(吉村 やすのり)

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