出自を知る権利について憶う-Ⅳ

 権利の行使にあたって

子どもが出自を知る権利を行使するためには、クライエントの子どもへの告知が前提となる。告知とは、配偶子提供で子どもをもった親が、その治療で生まれた、つまり片親と遺伝的なつながりがないことを子どもに伝えることである。AIDで生まれた子どもが成長して偶然その事実を知った時、多くの深刻な問題に、同時に、また突然に立ち向かわなければならなくなる。このうちのいくつかは、親が学童期前など早い時期から積極的に告知を行うことで解消される。しかしながら、自己の遺伝的背景が不明であるため、自分の体質や遺伝病の可能性などの遺伝情報の欠如については、早期の告知でも問題を解決することはできない。
 配偶子提供による生殖補助医療を実施にあたっては、理想的にはあらかじめ提供者に対し、生まれてきた子どもは出自を知る権利を行使できることを伝えておかなければならない。すなわち適当な時期に子どもに提供者の個人情報を教えることが起こりうることを理解してもらった後に、その条件で提供を受けるべきである。しかし、準備なく出自を知る権利を認める体制に移行することは、さまざまな危険性を孕んでいる。第一に、提供者の情報を開示した後に起こる、提供者とAIDで生まれた子どもの関係をどう調整するか、第二に、どのように提供者を十分な数確保するか、第三に匿名でない提供に同意してから、実際に個人情報を開示するまでの15年~18年という通常の契約では考えられない時間経過をどのように解決するかなどといった問題がある。さらに現在わが国には諸外国と異なり、配偶子提供で生まれた子どもが、生殖補助医療を受けた夫婦の子どもであり、提供者はこれらの子どもの親ではないという、法的な親子関係の規定がないことにも注意を払わなければならない。

(吉村 やすのり)

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