出自を知る権利について憶う-Ⅴ

 現時点における私見

 現在日本では、AIDは匿名で行うとされており、子どもに出自を知る権利は認められていない。しかし海外ではこれを認めている国もあり、それらの国では、提供者の個人情報を請求できる子どもの最低年齢をおおむね18歳としているところが多い。現在、自民党の生殖補助医療に関するプロジェクトチ-ムがまとめた法案によれば卵子提供や精子提供ならびに限定的に代理懐胎を決める内容となっているが、出自を知る権利については言及されていない。
 これまで半世紀以上にわたってAIDを実施してきた慶應義塾大学病院においては、現在ではクライエントに対し、生まれた子どもに出自を知る権利があることを十分に説明している。また将来の子どもの出自を知る権利の保障にも対応できるように、実施状況の詳細に関するデ-タは、診療録とは別に保管し、長期の保存に耐えうる体制を整えている。AIDを受けたクライエントに対し、これまでアンケ-ト調査を数回実施している。10年前に比較するとクライエントの出自を知る権利や告知に対する認識に変化がみられている。生まれてきた子どもに対して告知の必要性を認めるクライエントが増えてきている。
 10年以上前、朝日新聞に出自を知る権利に対する私見が掲載された。その中ではAIDを実施にあたっての医療者の倫理が展開されているが、生まれてくる子どもに対する配慮が欠けていたように思われる。今後はわが国においても、子のアイデンティティや依頼に基づく安定的な親子関係の確立にとって大切な権利である、出自を知る権利を認めるような方向性が望ましいと考えられる。

(吉村 やすのり)

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