胎児性水俣病の発表から70年

 1956年5月1日に、脳症状を呈する原因不明の疾病が発生との報告が水俣保健所に届けられました。これが水俣病の公式確認とされています。イタイイタイ病(富山県)、四日市ぜんそく(三重県)、新潟水俣病(新潟県)とあわせて四大公害と呼ばれています。

 工場が海に流した廃水に含まれ、魚介類にたまり、知らずに食べた人の脳の神経が壊されました。廃水の危険性が指摘されてもチッソは1968年まで垂れ流しを続け、行政も黙認し被害が広がりました。見る、聞く、話す、歩くなどが不自由になり、全身が激しく震え、死亡することもあります。一見すると健康そうでも、頭痛や手足の痺れ、味やにおい、熱さが分かりにくいといった症状に苦しむ人もおり、治す方法はありません。汚染された魚を毎日のように食べるなどして、体の中にメチル水銀が入らなければ水俣病にはなりません。

 お腹の中にいる赤ちゃんに、母親が食べた魚の水銀がへその緒から入り、生まれながらに水俣病となった胎児性患者がいます。熊本大学の医学者達が調べた結果、メチル水銀が母親の胎盤を通って赤ちゃんに被害を及ぼす胎児性水俣病の存在が1962年に発表されました。

 チッソが慰謝料などを払う患者と認められたのは、熊本、鹿児島両県で今年3月末現在2,284人います。患者と認定する国の基準が厳しく、多くの人が認められていません。裁判で水俣病と認める判決が相次ぎ、患者と認めずに被害者として一時金などを払う政治解決が2度あり、約7万人が対象になっています。

(2026年4月7日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)

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