出自を知る権利―Ⅰ

子の保護と人間的尊厳性を守ることは基本的権利として位置づけられ、クライエントの子を持ちたいという権利にも増して重要視されるべきである。生まれてくる子は遺伝的な由来を知る権利を有すると考えられている。

しかし子どもに出自を知る権利が認められることになれば、ドナーの匿名性は守られないことになる。これまでわが国の精子の提供による非配偶者間人工授精(AID)においては、匿名性の原則が貫かれてきた。優生思想の排除のためには、クライエント夫婦と提供者の匿名性の担保が必要であること、匿名性が守られなければ提供者のプライバシーを守ることができなくなるからである。また匿名性が守られなければ提供者の減少も予想される。これら匿名性の原則は、第三者を介する生殖補助医療を受けるクライエント夫婦の、人に知られたくないプライバシーを保護することを第一義的に配慮しており、結果的に匿名性を子どもの利益に優先させていることになる。

わが国では過去60年以上にわたって大きなトラブルもなくAIDが施行され、正確な数は不明ではあるが、おそらく1万5000人前後の子が生まれ育ってきた。これまでは精子提供に関する匿名性の原則により、子どもの出自を知る権利は行使できない状況にあった。しかし家族において子の出生に関する秘密の存在によって、親子の緊張関係や反対に親子関係の希薄性が生じ、子は親が何かを隠していることに気づき、親子の信頼関係が成立しなくなる危険性があることが指摘されるようになってきている。生まれた子どもが後になって真相を知った時には、アイデンティティーの危機が起こりうる。第三者を介する生殖補助医療で生まれた子がその成長の過程でその出自を知った場合や、心理的サポートがないままに出自を知らされた場合、子どもは二重の危機に直面することになる。

子どもは真相を知る権利もあると同時に、真相を知っていく過程において、子どもに対する心のカウンセリングケアを十分に準備していくことが大切である。第三者を介する生殖補助医療を実施していくにあたっては、子の発達段階に応じた親子関係、家族形成過程への援助のシステムを構築することが肝要である。看護師、心理専門家、ソーシャルワーカーなどが入ったチームとして、不妊治療の時期から介入し、生殖補助医療を受けた両親のみならず、生まれた子の成長に合わせて、子が思春期を迎え成人するまでの長期的な心のケアをしていく体制を作っていく必要がある。                                   Ⅱにつづく

(吉村やすのり)

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