包括的性教育を考える

包括的性教育とは、人権を基盤とした性の教育です。体の発達や生殖などの生物学的な面に加え、ジェンダー平等や性の多様性といった社会・文化的側面も含めて、幅広く性を学ぶことです。自らの健康や安全について考え、より良い人間関係を築き、幸せに生きるための選択ができる力を育むことを目指しています。
性は、心身の健康とウェルビーイングの源です。性の健康は、身体や精神、社会的に良好で、差別や暴力に遭わない状態で実現されます。人間らしく健康で幸せに生きていくための権利が性の権利であり、それを確かなものにするのが包括的性教育です。子どもや若者への性暴力が社会問題となる中、現在の日本の教育では、子どもたちが性に関する十分な知識が得られないと訴える声があがってきています。
小中学校の学習指導要領には、性交に関する記述がありません。加えて、性に関しては、小学5年理科で、人の受精に至る過程は取り扱わないものとする、中学校保健体育で、妊娠の経過は取り扱わないものとするとの一文で示される、いわゆるはどめ規定がありました。ゆとり教育への反動から2008年に原則撤廃されましたが、性に関わる規定は、安易に具体的な避妊方法の指導等に走るべきではないなどの意見があり、文部科学省は、性交について集団で一律に指導する内容としては取り扱わないと位置付けています。
ユネスコなどは、2009年に国際セクシュアリティ教育ガイダンスを作成、2018年に改訂版を出し、包括的性教育という考えを前面に打ち出しています。人権尊重を基盤に幅広く、科学的根拠に基づいて性を学ぶ教育で、項目ごとに各年齢で学ぶべき目標などを系統立てて示しています。生殖の項目では、5~8歳で、卵子と精子の結合から着床までのプロセスなどを学びます。9~12歳では、男性のペニスが女性の腟内で射精する性交の結果、妊娠が起こることを認識することなどが目標とされています。
一方、日本の学習指導要領や、性暴力の加害者、被害者、傍観者にならないことを目指して、今年度から始まった文部科学省の教育プログラムである生命(いのち)の安全教育は、性と人権について系統的に学ぶカリキュラムにはなっておらず、義務教育段階では性交にも触れていません。そのため、近年、包括的性教育を日本の学校で行うよう求める声は国内外から上がっています。
性教育の遅れによる一番の問題は、子どもたちが性をポジティブに捉えられていないことです。包括的性教育を受け、自分の体のことは自分で決めるという体の権利を理解することが、自分を大事にし、他者を尊重することにつながります。日本の性教育を進めるためには、大人が学ぶことが必要です。多くの大人は、性を科学的に学ぶ経験をせず、性は人権の問題だということを知らずに育ってきました。まずは小学校での性教育に取り組める環境作りが大切になってきます。

(2023年11月29日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)

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