岐路に立つiPS細胞研究

 iPS細胞が初めて作られてから10年が経過しました。政府はこの間、再生医療の柱と位置づけて研究を推進してきています。iPS細胞から作った目の細胞が、難病である加齢黄斑変性の患者に移植されたり、京都大学が臨床に使うiPS細胞の供給を始めるなど、体制は整いつつあります。2014年に実施された最初の臨床研究のように、患者から採った細胞でiPS細胞を作っていたのでは、時間もコストも膨らんでしまいます。CiRA(京都大学iPS細胞研究所)は、多くの日本人と適合する免疫の型を持つ人から細胞の提供を受け、iPS細胞を作って備蓄し、昨年夏から臨床研究を目指す機関に配布を始めています。各機関はこれをもとに臨床に使うiPS細胞を作り、神経や目など目的の細胞に育てて治療に用いることにしています。細胞を備蓄し供給できれば、安く迅速に臨床研究が実施できることになり、日本にiPS医療を普及させる柱となりうる戦略といえます。
しかし、提供できたiPS細胞の株はごく少数にすぎません。ゲノムを徹底的に調べ、がん化などのリスクが極めて小さいものに絞ったからです。iPS細胞は、同じ細胞から同じように作っても、株によって目的の細胞への育ちやすさが違います。株が少ないと思うように研究を進められないといったことが生じます。臨床応用には安全性の検証が欠かせません。安全性の確保は大前提ですが、過大なハードルを設けるとコストも時間も跳ね上がり、実用化への足かせになりかねません。一方で後に続く臨床研究は始まっておらず、実施への課題も浮上しています。iPS医療が離陸できるか正念場を迎えています。これまで様々な基礎研究は行われていますが、臨床的な有用性は未だ示されていません。

(吉村 やすのり)

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