ガイドラインに対する日本生殖医学会理事長としてのコメント

近年の生殖医療の進歩にともない、未受精卵子や卵巣組織の凍結が臨床応用されるようになってきています。

この技術は、悪性腫瘍の治療で放射線や化学療法を施行する場合、性腺機能の低下をきたす可能性のある女性には、医学的適応として未受精卵子の凍結、最近では卵巣凍結が実施されています。これらの凍結は臨床応用されていますが、これまでわが国においてはガイドラインは存在しませんでした。そのためまず、医学的適応による卵子や卵巣の凍結に対するガイドラインを作成しました。この際注意をすることは、まず第一に卵子や卵巣の凍結のために原病の治療の開始が遅れないことです。そして第二に特に卵巣の凍結の場合、原病が治癒した際に組織をもどすことになるので、がん細胞の混入がないことが前提になります。

社会的適応の場合注意しなければならないことは、卵子や卵巣の凍結技術は医学的に十分とはいえず、それら卵子を使っての体外受精での妊娠率や生産率が、未だ低いことをクライエントに十分に説明しなければなりません。卵子や卵巣の採取の時期は、40歳を超えると卵子のクオリティーが低下すること、45歳を超えて妊娠した場合、妊娠・出産のリスクが高まることをクライエントに十分説明しておく必要があります。妊娠・分娩をするかしないか、その時期をいつにするかはあくまで当事者の選択に委ねられています。しかし、女性は25歳から35歳の生殖年齢の時期に自然妊娠・出産することが理想であることを忘れてはなりません。そのため社会的適応の卵子凍結は、必ずしも推奨されるべき技術と捉えることはできません。この技術は、何らかの事情で生殖年齢の適齢期に妊娠や出産ができない人のための特別な手段であることを銘記すべきです。

こうしたガイドラインを作成すると、若い女性が20代のうちに卵子を凍結しておけば心配ないと考えたり、若いうちに凍結しておきなさいと薦める人がでてきてしまうことも大いに懸念されます。このガイドラインは、現在実態がなく無秩序におこなわれているかもしれない、未婚女性の卵子の凍結に警鐘をならすためのものであることを忘れないで欲しいと思います。

(吉村 やすのり)

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