選択的夫婦別姓を考える

夫婦が同じ氏を名乗るという慣行が定着したのは、明治時代からと言われています。明治31年に施行された民法では、戸主と家族は家の氏を名乗ることとされたことから、夫婦は同じ氏を称する制度が採用されてきました。昭和22年に施行された民法でも、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫または妻の氏を称する」とされています。
夫婦どちらも氏を変えない結婚を選べる選択的夫婦別姓については、最高裁大法廷は、2015年と2021年に、夫婦同氏を強制する現行制度を合憲と判断しました。最高裁の判断は、現行の夫婦同姓を支持するものです。しかし、結婚後に夫婦のいずれかの姓を選択しなければならないとする制度を導入している国は、日本だけです。選択的夫婦別姓とは、夫婦は同じ姓を名乗るという現在の制度に加えて、希望する夫婦が結婚後にそれぞれの結婚前の氏を認めるというものです。選択的な制度ですから、全ての夫婦が別々の氏を名乗らなければならないわけではありません。
日本の約95%の夫婦は女性が改姓しています。選択的夫婦別姓の導入は、①氏を変更することによって生ずる不利益がある、②個人のアイデンティティーに関わるもの、③夫婦同氏を強制することが、婚姻の障害となることなどから必要性が強調されてきています。世論調査を見ても経済界の動きを見ても、選択的夫婦別姓を進める国民の意思は固まっていると思えるところまで辿り着けています。一方、夫婦同姓が日本社会に定着した制度であり、家族としての一体感が子の利益にも資するとする根強い反対意見もあります。
選択的夫婦別姓制度への大きな壁の一つは、経済界や職場に残るジェンダーギャップの存在です。働く女性は、名前を途中で変えることでキャリアが断絶されてしまう苦悩が語られてきています。女性経営者にとっては、会社役員の登記で旧姓を使えない制度が起業のハードルの一つにもなっています。しかし、これまでの男性中心的な会社社会では、女性の声は反映されにくかったのです。
選択的夫婦別姓制度の導入により、夫婦同姓の仕組みが失われてしまうという理解が一部にあることが、実現へのもう一つの壁になっています。強制ではなく、あくまで選択的なのです。古いものをなくそうという提案ではなく、選択肢を作ろうという話なので、夫婦同姓を選びたい人は選ぶことができます。ビフォー・アフターではなく、プラスワンなのです。しかし、反対論者は、夫婦同姓がマイノリティーになるのを恐れているのかもしれません。
最高裁は、選択的夫婦別姓制度に合理性がないと断じる訳ではなく、この制度の在り方については国会で論じられ、判断すべき事項に他ならないとしています。1996年に法務大臣の諮問機関の法制審議会が答申した夫婦別姓を認める法改正案が、一部の国会議員の反対で国会に上程されませんでした。
選択的夫婦別姓の最大のハードルは、間違いなく政治の壁です。民法750条は、婚姻によって夫婦が同姓となることを規定しています。戸籍法74条1号は、婚姻届を提出する際に、夫婦の姓を届け出ることを規定する法律です。選択的夫婦別姓を実現するには、民法と戸籍法の改正が必要となります。国会議員の方々は、その導入が女性活躍や多様な働き方の推進のみならず、少子化対策の一丁目一番地であることを認識することが大切です。

(2024年5月1日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)

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