複雑性PTSDの診断治療

うつなど精神的な不調が治療を続けても改善しないケースでは、過去のつらい体験によるトラウマが背景に潜んでいることがあります。幼い頃に受けた虐待などが原因で、大人になってから感情の制御や対人関係がうまくいかず、社会生活に支障が出る複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)の可能性があります。複雑性PTSDは、2018年にWHOが改訂版国際疾病分類(ICD-11)で採用した病気です。
命にかかわるような経験をし、そのトラウマによって引き起こされるフラッシュバックや悪夢などPTSDの主症状に加えて、感情を制御できない、親密な対人関係を維持できない、自分が人より劣っていると感じるといった症状があります。通常のPTSDと比べ、社会生活の中で生じる支障の程度が大きいとされています。日常生活で感情調整や対人関係に悩んでいる人が、実はトラウマの問題を抱えていて、そのことに本人も周囲も気づいていないケースが多いとされています。
PTSDの治療では、原因となるトラウマの記憶に繰り返し触れて語ることで、恐怖がやわらぎ、過去の出来事として整理できるようにする持続エクスポージャー(PE)療法が、公的医療保険の対象になっています。複雑性PTSDの治療法としては、虐待を受けた人向けに米国で開発されたステア・ナラティブセラピーが注目されています。PE療法と同様の方法で過去の記憶と向き合う前に、感情を制御する方法などを学ぶステアを導入するのが特徴です。
この新しい心理療法であるステア・ナラティブセラピーでは、はじめの数週間は、辛い、悲しい、うれしいといった感情を表す何十種類もの言葉の文字を眺めながら、自分の気持ちに気づくことや、イライラした時に気持ちを楽にする対処法などを練習します。後半は、過去の辛い記憶を語り、整理していきます。近い将来、この心理療法を受けられる医療機関が増えることを期待されています。
不調の背景に心の傷がある人を適切なケアにつなげるためには、誰もがトラウマを抱えているかもしれないという視点を、メンタルヘルスケアの相談窓口などをはじめ、広く社会全体で持つことが大切です。

(2023年8月23日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)

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