原発処理水放出に憶う

東京電力は、福島第一原子力発電所(福島県)にたまった処理水の放出を開始しました。処理水とは、東京電力福島第一原発の原子炉建屋などの地下にたまる汚染水を浄化処理し、トリチウム以外の大部分の放射性物質を取り除いた水のことです。東電の計画では、貯蔵タンクの処理水は放出前に大量の海水で薄めた後、原発の沖合約1㎞まで建設した海底トンネルの先端から海に流します。
海水で薄める前の測定タンクで全ての放射性物質の濃度を測定し、多核種除去設備ALPS(アルプス)で除去できないトリチウムについては、放出直前の水槽でも調べるとしています。放出時点のトリチウム濃度は、1ℓあたり1,500ベクレル未満にします。国の排出基準の40分の1、WHOが定めた飲料水基準の約7分の1のレベルです。

 

トリチウムから発生するβ線のエネルギーは非常に弱く、空気中を5㎜しか進むことはできず、紙一枚で遮断可能です。皮膚も通過できないので、外部被曝による人体への影響はありません。また雨水や水道水などにも含まれており、自然界に広く存在しています。トリチウムを含む水は、生物学的半減期は10日で、体内に入っても水と一緒に排出されるため、体内に蓄積することはありません。1ℓあたり6万ベクレルのトリチウムが含まれる水を2ℓ飲み続けても、年間の被曝線量は約1ミリシーベルトです。自然界でも年間2ミリシーベルトの放射線を浴びており、過度に恐れる必要はありません。
多くの国は、科学的根拠に基づいて妥当性を認めた国際原子力機関(IAEA)の見解を評価し、日本の計画を支持しています。7月31日からウィーンで開かれた核不拡散などに関する国際会議では、会期中、欧米アジアの約10か国が、海洋放出に理解を示しています。しかし、中国はIAEAは限定的な審査しか行われなかった、日本が海洋放出を選んだ根拠が不十分だとし、日本産水産物の全面禁輸を決めています。また、香港政府も福島や宮城など10都府県の水産物の輸入を禁止しています。
国民の処理水の安全性の理解は進んでいますが、地元では風評被害の再燃を懸念する声が多くあがっています。様々な懸念を踏まえ、政府は、IAEAと協力して処理水の放出段階でも安全性を監視し、データを逐次公開するなど科学的な対応を継続することが大切です。今後は福島県沖の水産物については、わが国で消費できるような体制づくりや水産物が売れなくなった際の緊急避難的な措置として、冷凍できる魚を漁協などが買い取って一時的に保管する費用や、企業の食堂に魚を提供するといった販路開拓の取り組みの支援が必要になります。
安全と安心は違います。安全であることは分かっていても、安心できなければ消費者は購入しないことを理解しておかなければなりません。

(2023年8月25日 読売新聞)
(吉村 やすのり)

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