わが国の待機児童対策

 1989年に合計特殊出生率が1.57と戦後最低となり、国は1994年にエンゼルプランを示しました。緊急保育対策等5か年事業に着手し、02歳児の受け皿を10万人分拡充するなどと表明しました。しかし待機児童は減少せず、2001年に小泉内閣は、待機児童ゼロ作戦に取り組むと明言しました。国が初めて待機児童ゼロを目標に掲げました。
 2008年になると、舛添厚生労働大臣は、新待機児童ゼロ作戦として、3年間を集中重点期間として待機児童の取り組みを強化するとしましたが、待機児童はかえって増加しました。その後も民主党の政権下でも待機児童特命チームによる待機児童解消先取りプロジェクトが発足しましたが、政権は変われど待機児童ゼロは達成できませんでした。安倍内閣は2017年度末に待機児童をゼロにするとの目標を掲げましたが、現在その達成は非常に厳しい状況にあるとしています。
 少子化問題は深刻です。待機児童問題は少子化対策の一丁目一番地です。待機児童をその年のうちにゼロにするくらいのスピード感がないと、子育て世代の行動や意識を変えられません。

(2017年2月27日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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