出生前診断の生命倫理学的考察―Ⅰ

優生思想とのかかわり
出生前診断により、胎児異常を早期に診断することは、腹壁破裂、横隔膜ヘルニアなどのように、より良い医学的対応を可能とする意義がある。また致死的異常が診断された場合を考え、母体保護法で人工妊娠中絶が可能である妊娠22週以前に診断される必要がある。すべての妊娠において早期からスクリーニングとして出生前診断を行なうことは、異常児を早期診断し、胎内治療可能な疾患を発見できるといったメリットがある。一方、早期に胎児の異常が診断されると、健康な児を産みたい、異常児は産みたくないといった優生思想により、臨床的に対応可能な胎児が選別され、中絶されてしまう危険性をはらんでいる。
母親の性や生殖に関する自己決定権は、リプロダクティブ・ライツと呼ばれており、憲法13条の個人の尊重・幸福追求権の規定に包括的な条文として含まれていると解する考え方もある。リプロダクティブ・ライツを前提に考えると、診断を受ける・受けない、そして産む・産まないの決断は、母親の意思が最も大切な要因となる。胎児に異常があった際に、人工妊娠中絶を実施するか否かは母親に委ねられている。しかし、リプロダクティブ・ライツは、社会的弱者である女性の権利を主張するものであることから、その権利によって虐げられる者の立場を考慮すべきであるとの考えも成り立つ。出生前診断における最も大きな倫理的課題は、胎児という母体の一部としてその時点では自己決定ができない状況にあるが、将来は1人の人間となりうる存在に対する診断行為であるということである。
母体血胎児染色体検査(NIPT)のような母体の採血といった簡便な方法で、効率よく染色体異常が診断されるようになれば、安易に妊娠中絶が行なわれるようになることが危惧される。すべての出生前診断にみられる生命倫理上の最も重要な問題は、「命の選別」という優生思想との関わりを避けて通ることができない点にある。

(吉村 やすのり)

カテゴリー: what's new   パーマリンク

コメントは受け付けていません。