出生前診断の生命倫理学的考察―Ⅱ

人工妊娠中絶
出生前診断においてその倫理が問題視されるのは、結果として胎児が重い障害を持って生まれることが予想された場合、人工妊娠中絶を選ぶことが考えられるためである。生命の選別、妊婦の自己決定権と胎児の生存権の対立、優生思想につながる可能性などが指摘されている。
人工妊娠中絶が許容されるのは、母体保護法に依拠する。人工妊娠中絶は、「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの、もしくは暴行若しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したものに該当する場合」、本人および配偶者の同意を得て、母体保護法指定医師のみが行うことができる。しかし、わが国の法には人工妊娠中絶の条件に胎児条項がないため、出生前診断で高度な異常が発見され人工妊娠中絶を選択した場合、異常児の妊娠を継続することは精神的に耐えられないという母体条項や、経済的に異常児を育てることができないという経済的条項の転用で対応している。
母体保護法で認められている人工妊娠中絶とは、「胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期(成育限界以前)に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出すること」と定義されている。母体保護法では、満22週数未満に出生した胎児は「流産」とされ、出生届を提出する義務はない。一方、死体解剖保存法によると、妊娠12週以降の死児は死体とされ、届出と埋葬を義務付けている。医学的な成育限界を大きく下回っている流産で生まれた死児にそのような法的義務を課している理由は、妊娠・分娩という人間の基本的な営みを管轄する社会行政的な意味合いだけではなく、小さな胎児であっても母体とのつながりを無視しない、人間としての倫理的判断があるからと思われる。
わが国では人工死産や妊娠中絶は妊娠22週未満であれば法的に認められているが、あくまで母体保護の観点からの措置であって、胎児にその理由を求めることはできない。欧米でも同じく胎児条項は認めていない国もあるが、カトリックの宗教的背景を除くと、ほぼ中絶は一定の要件のもとに可能とされ、イギリスやフランスなどでは、胎児の重大な病態が認められるケースに限って、人工死産や人工妊娠中絶が認められるという社会的コンセンサスが確立している。また、これらの欧米諸国では、いわゆる胎児異常のスクリーニング、カウンセリング、精査検査、妊娠中絶に対しても公費が充てられている。

(吉村 やすのり)

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