出生前診断の生命倫理学的考察―Ⅴ

規制と適応
現在の出生前診断においては、医学的適応がない限り、性別の診断や遺伝子診断は行なわないことなどが不文律となっている。しかし、検査技術が進歩するにしたがい、また母体への負荷が少ないNIPTなどの母体血採取などの簡便な方法が普及すると、重篤な遺伝性疾患にのみ適応するという規制の枠が緩み、軽微な異常の発見からさらにはより元気な子どもの選別へと適応が広がる危険をはらむようになる。出生前診断によって得られる情報は、障害どころか体質、発病の可能性、外形的特徴などに広がっていくと思われる。出生前診断・検査の当事者性が、限りなく多くの人々に拡散されていくことが考えられる。
出生前診断による選別は、致死的異常児を産まないというレベルから、21トリソミーの場合は障害を持っているから、口唇口蓋裂の児は容貌が可哀想だからと段階的に変化していき、最終的には自分の望む子どもの出産へとエスカレートしていくことが予想される。いわゆる滑りやすい坂道(slippery slope)問題である。着床前診断という技術を用いて、実際に様々な血液疾患をもつ子どもを救うため、世界を見渡すと30例を超えるカップルが、骨髄移植ができる同胞、いわゆるデザイナーベイビーの妊娠を希望している。このような目的で人為的に子どもが生み出されることは、命や人間の尊厳といった倫理的原則から逸脱するとの考え方もあり、滑りやすい坂道に足を踏み入れる危険性をはらんでいる。
わが国におけるNIPTの臨床研究は、適切な遺伝カウンセリング体制を確立する必要があるとの目的で導入された。NIPTは、母体血のみで実施が可能であり、産婦人科以外の医師が参入する可能性も踏まえて、日本産科婦人科学会のみならず日本医学会も関与してきた。しかし、この規制はあくまでも学会ガイドラインによるものであり、ガイドラインを遵守することなく実施しても法的な問題は生じない。実際に日本医学会が認可した施設以外の施設で実施されていたことが報道されている。さらに今後、消費者直販型検査としての出生前診断が一般化する可能性も否定できないことから、学会ガイドライン以上に拘束力のある規制についても検討が必要な時期にきている。学会や医療行政による規制だけではなく、出生前診断に対する国民のリテラシーの向上が必要となる。その上で生命倫理的な観点から国民の広い議論が展開されなければならない。

(吉村 やすのり)

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