出産費用の保険適用に憶う

厚生労働省の調査によれば、2022年度の公的病院における出産費用は全国平均で約48万円です。10年前より約6万5千円(16%)増えています。出産に直接関わる費用の他、個室の費用やお祝い膳など医療外のサービス提供分を含めると、2022年度の出産関連費用の総額は全国平均で約54万円で、2023年4月に引き上げた出産育児一時金50万円を既に上回っています。
地域や施設間の格差も大きく、厚生労働省によると、2022年度で個室の費用などを除いて最も高い東京都は約60万5千円、最も低い熊本県は約36万円で格差は20万円を超えています。都内の私立病院においては100万円を超える施設も多く、多くの大学病院においても70~80万円はかかります。岸田文雄首相は、異次元の少子化対策の柱の一つとして、出産を保険適用する方針で、2026年度を目途に検討するとしています。
保険適用になると、出産費用が全国一律になり、明朗会計につながります。しかし、病気などで受診する際と同様に原則3割負担となります。2022年度の全国平均の約48万円を診療報酬に定めると、3割負担で15万円弱を支払わなければならなくなります。地方においては、現在の出産育児一時金で全て賄える場合があり、保険適用によって支払いが生ずることになってしまいます。高額療養費制度による減額が少ない所得が高い世帯は、現行の出産育児一時金の給付を受けた場合より負担が増える可能性も出てきます。
全国一律の診療報酬になると、上回る出産費用で経営していた施設は収入減になります。そのため身近な施設が分娩を取りやめてしまうことになります。出生数の減少で大病院の産科は厳しい状況にあります。保険適用で収入が減れば、人員の確保ができなくなり、分娩の安全性の担保が難しくなります。施設減で妊婦の受け入れが増える施設では、産後の退院を早めるなど提供するサービスの質に影響が出る可能性も出てきます。母子の安全性を第一優先に構築してきたシステム作りが必要となります。
出産した場合に健康保険が現金給付する出産育児一時金は、2006年10月に30万円から35万円、2009年10月に42万円に引き上げ、2023年4月から50万円まで増額しています。自由診療で平均価格が年々上昇しているためです。引き上げに便乗しているとの指摘もありますが、厚生労働省の調査では、人件費や医療機器、光熱費などの高騰の影響が大きくなっています。保険適用になると求められるサービスの提供が難しくなると思われます。まずは費用の内訳を開示する見える化を進めるべきです。厚生労働省は、健康保険が一時金を直接支払っている約2,300施設の出産費用などを4月から公表する予定です。

 

(2024年2月3日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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