希望出生率1.8について憶う

希望出生率1.8は、安倍晋三元首相が2015年秋に少子化の流れに終止符を打つと明言し、打ち出しました。少子化は国全体の課題でありましたが、子どもを持つか持たないかは、究極の個人の判断に委ねられます。安倍内閣の内閣官房参与を務めていた2013年に、少子化危機突破タスクホースで到達目標として合計特殊出生率1.75を打ち出しました。しかし、自己決定権に国が不用意に介入することに批判があったこともあり、希望出生率を政府は採用しました。
希望出生率1.8は、結婚したいか否か、結婚したい人は将来子どもが欲しいか否か、欲しいなら何人が望ましいか、個々のしたい、欲しいの願いが全て叶った時に実現する出生率水準を統計的に算出しています。希望出生率の実現に向けて、国は待機児童対策や幼児教育無償化の拡大などに取り組みました。しかし、効果は限定的で、出生率は逆に下降傾向にあります。多種多様な施策がならび、政府の意気込みが感じられる一方、かつて目標に掲げた希望出生率1.8は、現在どこにも見当たりません。
しかも若い世代は、結婚したい、子どもを持ちたいという希望を失うばかりです。政府の最新統計に置き換えて計算し直すと、直近の希望出生率は1.58に落ち込んでいます。少子高齢化は国の骨幹を揺るがす重要課題であると同時に、個人の立場から見れば、生み育てたい希望さえ叶わない社会は歪です。子どもを持つ希望を失わせる原因は多岐にわたりますが、結婚や出産に抱く心理的不安を取り除くのが少子化対策に欠かせません。
子育ての大変さだけでなく、子どもと接する喜びに気づいてもらうことも大切です。子育ては大変、両立は難しいといったネガティブ情報が若者の不安を必要以上に増幅させてしまっています。子育ては自分育てであり、子育てから多くのことを学びます。子育てから見えてくる世界があります。子育ての素晴らしさを知ってもらうことも大切です。
キャリアと子育てを両立したいから子どもは1人で良いとする共働き夫婦も、結婚後は働かずにたくさんの子どもを生み育てたいと願う専業主婦世帯も、それぞれの希望が叶うように現状抱える不安を解消することが必要になります。大切なのは多様な価値観を応援する幅広い少子化対策であり、希望出生率という政策目標は下ろすべきではありません。

(2023年4月6日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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