生殖医療管見―Ⅰ

社会的不妊
 近年の生殖医療の進歩には、目覚ましいものがあり、生殖現象のみならず、ヒトの生殖現象を操作する新しい技術も開発されています。日本産科婦人科学会の報告によれば、2014年の治療周期総数は393,745周期であり、実に47,322人の子どもが体外受精関連技術で出生にいたっています。総出生児に占める割合は、1999年により100人に1人の時代に突入し、現在では21.2人に1人の割合で生殖補助医療により子どもが生まれています。
 女性の社会進出やキャリア形成を望む女性の増加により、晩産化や未婚化に拍車がかかっています。それにより高齢になって妊娠を希望する女性が増え、体外受精を受ける女性の42.2%が、40歳を超えるようになってきています。クライエントの生殖医療を受けて早く妊娠したいというニーズとより多くの生殖医療を実施したいとする医療人の要望とが合致し、治療周期数は飛躍的に伸び、わが国における生殖医療が隆盛を極める結果となっています。しかしながら、現在においても生殖医療を受けたとしても40歳以上の女性の妊娠率は低く、しかも流産率は高いため、生産率は一割に満たない状況にあります。
 結婚を希望し、子どもを持ちたいと思う人が減少していないのに、未婚率は年々上昇しています。若い男女の妊娠や出産に対する希望を叶える第一歩は、女性にとって医学的にみて理想的な妊娠年齢が、25歳から35歳であることを知ることより始まります。生殖医療の技術発展や普及があるとしても、女性の生殖機能には適齢期があることを認識しなければなりません。結婚や妊娠を、望まない妊娠、避妊というネガティブな切り口で捉えるものではなく、いかにしたら妊娠できるか、妊娠することの素晴らしさといったポジティブな考え方で思春期から教育することが大切となります。これまでの文部科学省による学校教育は、生殖に関する知識の啓発という観点からは十分とはいえず、若い男女が妊娠現象を考える上で有用な情報が得られる手段とは必ずしも考えにくいものがあります。生殖年齢にある女性が、この時期に出産できるような社会や職場の環境づくりが何よりも大切となります。そのためには、高齢妊娠の困難性や危険性を思春期より教育することが重要となり、その先導者たらん産婦人科医の役割は枢要なものとなります。
 結婚年齢が高くなると子どもを持てる確率は減少してきます。体外受精をしても妊娠率は低くなり、逆に染色体異常による流産率は上昇します。そのためクライエントは、晩婚化の中でできる限り早く妊娠するために生殖補助医療を利用することになります。これがいわゆる社会的不妊です。男女ともに容易に妊娠でき、安全に出産し、健康な児が得られる妊娠の適齢期は20代から30代前半です。この時期に妊娠の機会を作ることができれば、生殖補助医療を受けずとも、子どもを持てる確率は増えると思われます。
 晩婚化などで加齢による不妊に悩む夫婦が増え、不妊治療に対する支援の声が高まってきています。2004年から公的助成も始まり、今年の4月より男性不妊に対しても支援が開始されるようになっています。こうした助成も生殖補助医療の実施回数の増加に大きく寄与していますが、助成を受ける4割は40歳以上の高齢者が占めています。このような社会的不妊に悩む夫婦に対する支援も大切ですが、生殖補助医療を受けなくても妊娠できるような環境づくりはより重要です。そのためには若い男女に対する生殖に関する教育が必要になります。

(吉村 やすのり)

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