幼児教育のもつ社会経済性

 日本経済新聞において、マクマスター大学の山口慎太郎氏は、社会経済学の観点から幼児教育の有用性について語っています。
 近年の経済学の研究では、幼児教育施設は社会にとって有望な投資先とみなされています。良質な幼児教育プログラムが生み出す成果を経済的に評価すると、収益率は年率8%にものぼります。これは株式投資から得られる平均的な収益率を大きく上回るとされています。
 主要な経済的利益のひとつは労働所得の増加です。幼児教育が子どもの能力を引き出し、学校卒業後に高給かつ安定した仕事に就けるようになります。もう一つは犯罪の減少によるもので、犯罪被害者が被る経済的損失が避けられます。幼少期の能力は、将来の労働所得や犯罪への関与などと強く相関することがわかっています。幼児教育が知的能力に及ぼす効果は短期で消えてしまいますが、社会情緒的な能力は長期にわたり効果が持続します。
 社会経済的に恵まれていない家庭の子どもの多動性や攻撃性が、保育所に通うことで大きく減少します。この子どもたちは保育所に通わなかった場合、他の家庭の子どもたちと比べて高い多動性・攻撃性を示しがちですが、保育所に通うことが、恵まれない家庭の子どもたちの行動面を改善しています。社会経済的に恵まれない家庭の母親のしつけの仕方、幸福度も大きく改善します。具体的には、子どもを叩くなどしてしつけようとすることが減る一方、何が悪いことなのかを言葉で説明することが増えています。さらに、母親が子育てから感じるストレスが減り、喜びを感じられるようになっています。
 保育所を通じて、しつけの仕方を学ぶことにより、子どもの問題行動が減少します。保育所に通わない場合は、家庭環境の差が子どもの問題行動の差にそのまま表れやすいのですが、保育所ではどの子も同じように育てられるので家庭環境の差が表れにくくなります。骨太の方針では、幼児教育・保育の早期無償化を目指しています。しかし、優先すべきは恵まれない家庭への支援の充実であると思われます。子どもの発達への好影響を考えると、恵まれない家庭が保育所を利用できるような優遇措置を拡大すべきです。
 保育政策の経済効率性だけを追求すると、恵まれない家庭のみを支援対象にすべきだという結論にたどりつきます。しかし、支援を受けられない家庭の間で不公平感が高まり、社会階層間で断絶が生まれる恐れが出てきます。経済効率性と公平性とのバランスが大切となります。全ての家庭が何らかの保育支援を受けた上で、その度合いを経済的状況に応じて変えていくというのが理想的であると思われます。

(2017年6月22日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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