医学部不正合格に憶う

行政に対する信頼と大学入試の公正さとを、同時に揺るがす前代未聞の事件が起きました。文部科学省の科学技術・学術政策局長が、受託収賄の疑いで東京地検に逮捕されました。私大を助成する事業の対象に選んでほしいと東京医科大学に頼まれ、その見返りに、自分の子どもを同医大に不正合格させてもらった容疑がもたれています。教育行政を司る文部科学省の局長ともあろう者が、官僚としての倫理も、役所をとりまく状況への危機感も欠いたまま、私利を追求したことになります。それほど自分の子どもを医学部に入れたいのかと理解に苦しみます。にわかには信じがたい前代未聞の不祥事です。しかし、親が医師である場合、自分の子どもを医師にさせたいと思う人が多いようです。
大学受験では医学部の人気が依然として高く、東京医科大も例外ではありません。入学切符は医師の国家資格に通じ、将来の生活の安定が約束されていると感ずる人も多いことでしょう。これまで医学教育に携わってきた者として、気がかりなことは偏差値偏重の傾向です。偏差値が高いと本人も進学指導でも医学部を薦めることが多くなっているとのことです。医学を学びたい、医師になりたいのではなく、偏差値が優れているから、国家資格により将来の最低限度の生活が保障されており、周囲からの勧めなどの理由で、医学部を選択する学生も少なくありません。自分の意志ではなく医学部に進んでも、本人の苦しいだけで、将来医師になっても、患者に寄り添うことができない医師が増えるばかりではないでしょうか。自らの教員生活を振り返ってみても、全ての学生が医師に適しているとは思えません。
良医になるためには、高い偏差値など全く必要ではありません。大切なのは人間性です。私は自分の子どもを医師にさせたいとは思いませんでした。子どもも医師である私達夫婦の姿を見て、医師になりたいとは思わなかったのでしょう。医師という職業は、人に向き合い、触れ合うことができる職業の一つで、素晴らしくやりがいのある職業です。親が医師であるから、また偏差値が高いとの理由で、医学部を選択するそのような医師は必要ありません。現在のような医学部偏重社会が、今後も続くとは思われません。医師の長時間労働も含め、今一度、医師とは何ぞやと自らに問いかけてみたいと思う。

(吉村 やすのり)

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