わが国の集中治療体制

国内の新型コロナウイルス患者数は約1万6千人、死者数は約800人と、欧米に比べ感染者数はあたりの死者が少ないとされています。その理由の一つとして、重症患者を受け入れる集中治療が崩壊していなかったことが考えられています。しかし、東京都内では4月下旬に、崩壊寸前の危険水域に達していました。集中治療体制が崩れれば、死者の急増が現実のものとなってしまっていました。
新型コロナの患者の約5%は重症化し、ICUで人工呼吸器などを使った手厚い治療が必要になります。患者は、比較的すぐ良くなる場合と、治療が長引く場合に分かれます。人工呼吸器でも治療が難しければ、肺を休ませ、快復を待つ体外式膜型人工肺(ECMO)を使います。1カ月以上使い続けることもあり、感染や出血の管理に高い技術や経験がいります。
日本集中治療医学会などの報告によれば、5月25日現在でECMOを使った患者の74%が助かり、人工呼吸器を使った患者の76%が救命されています。日本の集中治療の成績は、海外と比べても優れています。しかし爆発的に患者が増えると集中治療の受け入れ能力を超え、死者も急増します。集中治療のレベルの高さと、受け入れ能力は別の問題であることを理解しておかなければなりません。
実際、4月下旬には東京も危うい状況にありました。重症者が毎日数人ずつ増え続ければ、集中治療体制が崩壊する恐れがありました。そもそも日本の集中治療体制は脆弱です。患者1人あたりの看護師数が少なく、集中治療専門医の数もドイツの4分の1に過ぎません。10万人あたりのICUベッド数も、2012年公表の論文によると欧州は平均11.5床あります。日本は5.6床に過ぎません。常時使用することがないICUベッドは、病院の稼働率の観点から最小限に制限されていることが多く、マンパワー不足とともに危機対応ができていないことが問題です。集中治療体制が崩れれば、死者の急増が現実のものとなってしまいます。

(2020年5月27日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)

カテゴリー: what's new   パーマリンク

コメントは受け付けていません。