ゲノム編集研究の行方

 ゲノム編集とは、狙ったゲノムのDNA配列を特異的に切断する核酸分解酵素(ヌクレアーゼ)を使って切断し遺伝子を不活性化したり、切断箇所にDNA断片を挿入することにより、思い通りに標的遺伝子を改変する技術をいいます。2005年頃から開発され、ZFN, TALEN, CRISPR/Cas9のシステムが知られていますが、現在は効率が高いCRISPR/Cas9が研究の主流になっています。しかし、標的部位ではない場所を改変するオフターゲットという欠点がみられます。内閣府の生命倫理専門調査会では、ヒト受精胚へのゲノム編集技術を用いる研究についての今後の対応方針を示しています。
 ゲノム編集技術によりヒト受精胚を基礎的研究に利用することができるとしています。ア)胚の初期発生や発育や分化における遺伝子の機能解明、イ)遺伝性疾患の新しい治療法や予防法の開発に資する研究、ウ)がん等の疾患に関連する新しい治療法の開発に資する研究です。ヒト受精胚のこの取扱いによらなければ得られない生命科学や医学の恩恵及びこれへの期待について、上記のア)~ウ)については、初期胚段階の遺伝子の働きを理解することにより、生殖補助医療や先天性の難病治療に資する知見が得られる可能性があり、人の遺伝子の働きが動物では確認できない可能性があることが知られるようになっていることから、社会的に妥当性があるとしています。しかし、オフターゲットのリスク及び、モザイク発生のリスクがある、遺伝子改変による他の遺伝子等への影響などは現時点では全く予想できない、世代を超えて影響が残るということから、その影響に伴うリスクを払拭できる科学的な実証は十分でないことにより、臨床応用は認められないとしています。
 基礎研究としては、現在は根治治療が無い様々な疾患や障害を抱え苦しむ多くの人々への治療法に将来的につながる基礎的研究、動物の研究成果等の基礎的知見を積み上げた上で受精胚の特性を利用した研究を行う意義が認められる基礎的研究としています。近年、受精卵ではなく、iPS細胞を利用しゲノム編集技術に利用し、HIV感染を治す試みもされています。今後ますますゲノム編集技術を使用した研究が進むと思われます。生命倫理専門調査会は、ヒトの受精胚へのゲノム編集技術を用いる研究に対して、現時点での臨床利用は容認できないことを明確にしています。しかし、基礎的研究に対する容認の余地が残されたことで、研究者コミュニティや国民一般における議論が促されることが期待されます。

(2016年12月18日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)

カテゴリー: what's new   パーマリンク

コメントは受け付けていません。