凍結胚の移植に関する報道に憶う

 夫婦間で体外受精を受ける場合、作られた胚は一周期に原則一個の胚が移植され、残りの胚は凍結されます。今回の毎日新聞の報道によるケースは、夫婦関係にあったカップルが、7年前に体外受精胚移植を受けました。その際複数の胚が凍結保存されました。そして2011年に受精卵を移植し、子どもが誕生しています。カップルは2013年秋頃より関係が悪化し、別居しておりましたが、女性は2014年より凍結胚を使用し妊娠しました。しかし胚移植の際、凍結胚での妊娠の許可を夫から受けていませんでした。さらに、胚移植を行った医師も移植時に夫の同意を確認していませんでした。2015年に2人目の子どもが誕生していますが、201610月に離婚が成立しています。
 奈良家裁で開かれた第1回口頭弁論では、男性側は同意がない胚移植による出産は民法上の想定外であり、血縁を理由に親子関係を認めるべきではないとし、自らの子どもではないと主張しています。一方、女性側は、無断で胚移植したことを認めていますが、親子関係は否定できないとしています。体外受精・胚移植を巡っては、わが国においては法的な規制はなく、日本産科婦人科学会の見解に準じて実施されています。受精卵つまり胚は夫婦のものであり、胚移植をする際には施術ごとに男女双方の同意を得ることを明記しています。以前よりこうした問題が起こる可能性が十分に想定されたため、見解を示すことにより施術ごとの同意取得を徹底してきておりました。
 実施したクリニックもカップルが治療を開始した時に、体外受精・胚移植の同意書を取得していました。しかしながら、体外受精・胚移植の治療は長年を要することがあります。特に胚移植に関しては、凍結胚を用いることが多く、数年を経てから実施することも稀ではありません。長年の間にカップル間にも気持ちに変化がみられることも少なからず起こり得ます。凍結しておいた胚を融解し、胚移植をする場合には、必ず両親の同意を得ることが不可欠です。司法の判断によっては、生まれた子が戸籍上の父親を失う可能性も否定できません。胚はカップルのものですが、生まれてくる子どもは別の人格を持った1人の人間です。生殖医療においては、生まれてくる子どもの同意を得ることはできません。そのため、考えなければならないのが、生まれてくる子どもの福祉や法的な地位の保全です。生殖医療に携わる医師は、生まれてくる子どものことを第一義に考えなければなりません。

(2017年1月4日 毎日新聞朝刊1面)
(吉村 やすのり)

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