医師不足は本当か?

日本の医師数は約32万7,000人です。人口1,000人あたりでは2.5人と、ドイツの4.3人や英国の3.0人を下回り、経済協力開発機構(OECD)加盟37カ国の中で27位に甘んじていますが、それほどまで少ないわけではありません。しかし、1病院あたりの医師の数は、米国の137人やドイツの114人に対し、日本はわずか38人にとどまっています。それほど、多くない医師が、海外よりも数が多い病院に散らばっていると言えます。
一方、日本の人口1,000人あたりの病床数は13.0床と、OECDで最多です。G7の中でも2位のドイツの8.0床を大きく引き離しています。一般に病床数は医療インフラの充実度を示していますが、日本の場合は病床が多すぎ、患者に寄り添う現場で医療人材の手薄さが際立っています。米国や英国は医師1人がほぼ1病床を診ますが、日本は1人で5つの病床を受け持っています。先進国の中でわが国は、異例の低密度医療の体制になっています。
人工呼吸器が要る中等症~重症のコロナ患者の治療にあたる呼吸器内科の専門医は7,100人余り、感染症専門医にいたっては約1,600人しかいません。広く散らばるが故に、感染症専門医がいないか1人だけという民間病院が少なくありません。これでは24時間体制で治療にあたる重症者の受け入れはできなくなってしまいます。
人口1,000人あたりの看護師数は12人と、OECD37カ国中8位です。しかし、1病床あたりでは0.9人と、米国の4.1人や英国の3.1人を下回っています。重篤な患者を診る急性期病床は、患者7人に看護師1人の配置が一般的ですが、厳格な感染対策が要るコロナでは、患者4~5人に看護師1人とより手厚い配置が必要となります。医師がいるのに看護師が不在で、コロナ患者に対応できない事態も起きています。
日本の医師数は、戦後に右肩上がりで増えています。1961年の国民皆保険制度、1973年の老人医療費無料化の導入で高まった医療ニーズを賄うために病院も増加しました。自由開業制のもとで医師の開業志向は強く、開設された診療所の一部が病院に衣替えしていました。小規模な民間運営の病院によって病床数だけが増えてしまいました。
わが国においては、病院を存続させたい開業医や、身近な病院がなくなることへの住民の警戒感が強く、病床再編の動きは鈍く、1990年頃まで病床は増え続けてしまいました。今後は、増えすぎた病院を集約して、施設あたりの人数を増やす改革を早急に進めなければなりません。産婦人科は病院を集約化させることにより、周産期の危機的状況を乗り切ってきました。日本の医師不足は、医療ニーズが大きい高齢者の増加が原因ではなく、構造問題に切り込まない限り、コロナが収束しても、医師が足りないと嘆く現状は変わりません。

 

(2021年5月31日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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