卵子にミトコンドリア移植

 高齢出産になる女性の妊娠率向上を目的に、自分の卵巣から採取したミトコンドリアを卵子に注入する自家移植治療が、わが国でも実施され、2人が妊娠したことが報告されました。米国企業が開発し、卵子の若返りとして注目されています。方法としては卵巣内にある卵子前駆細胞からミトコンドリアを抽出し、体外受精時に採取した卵子に、顕微授精する精子とともにミトコンドリアを注入します。ミトコンドリアは細胞内のエネルギーを作り出す器官で、ミトコンドリア機能の低下が卵子の老化に関与すると考えられています。昨年12月に日本産科婦人科学会は、臨床研究として実施を認めています。
 新聞報道によれば、今年2月から、2746歳の女性25人を対象に卵巣の組織を採取したとのことです。12人でミトコンドリアを移植し受精卵を作り、6人で受精卵を子宮に移植し、そのうち27歳と33歳の2人の女性が妊娠に到りました。これまで卵子の質が低下している女性は、卵子提供や卵細胞質置換などの方法しかありませんでした。このミトコンドリア移植法は、高齢女性などに臨床上の有用性があると考えられていますが、基礎的な科学的エビデンスを検証する必要性があると思われます。
 現時点での課題を以下に示します。
第一に、適応基準を定めることが必要となります。年齢を含めた卵の質の低下をどのように判断するかが問題となります。第二に、卵巣から採取する組織内の卵子前駆細胞とは、どのような科学的特性を持った細胞であるのかを検証する必要があります。第三に、採取したミトコンドリアの機能の評価をいかにするかも問題です。第四に、ミトコンドリア移植により妊娠して生まれた子どもの長期フォローの必要性があります。生殖医療は、これまで実験的医療として進歩してきています。明確な科学的検証を待たずに臨床研究として実施されることが多くなってきています。科学的な妥当性については、学会発表や学術論文において、公正な評価を受けることが前提となります。生まれてくる子どもの長期的な予後を検証する必要性について贅言を要しません。

(2016年8月30日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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